罪人の墓

ブログは小説の墓場

雨月物語 前編

(4500字)

前世の恨みを晴らしハレバレ

女盛りの白峰法子さん(三九)は四日、高層マンションの隣人を甘くて黒い宝石・チョコレートを餌に自宅に招き入れ、猟奇的に殺害した件について、坂出市内のホテルで記者会見し、「前世の恨みを晴らしてやった」とハレバレとした表情で語った。
法子さんによると、法子さんは前世で、言葉にできないようなひどい辱めを、今生被害者となった隣人の沢嶋良子さん(四十)に受けた。具体的な内容については、「話せる時がきたら話す」としている。その時、聞いてくれる人が法子さんのそばに居てくれることを願うばかりだ。
法子さんの夫のロバートさん(四一)は今回の件で「マンションの資産価値が下がるのは確実」とスキンヘッドを抱えている。これには一人息子の実君(九)も「おれも将来スキンヘッドになるのかな」と今から心配している。実君にとってはあまり喜ばしくない事実だが、ロバートさんの家系は代々スキンヘッドを輩出しているという。実君もあまり遠くない将来スキンヘッドになるだろう、というのが大方の見方だ。
被害者の夫の辰巻さん(四十)は「袖振り合うも他生の縁とは言うが、まさか女房が、前世で言葉にできないようなひどい辱めを、法子さんに加えていたとは」と驚きを隠せない様子で言葉を詰まらせ、「ともかく夫として、法子さんに謝罪したい」と口にするのがやっとだった。「自分がひどい目にあう前にやっつけてくれた法子さんに感謝することも忘れないでね」と付き添いの妹さん(三五)に助言されると、何度も大きくうなずいた。
その時、チリンチリン、チリンチリンと自転車のベルの音が、マンションの前の歩道を占拠して取材する私達の耳に快く響いた。前籠にスーパーの袋を入れた中年女性の自転車が、こちらに向かって来る。道をあけると、女性は顔を真っ赤に上気させ、私達には目もくれず、そこを通り抜けた。その女性に、どことなく良子さんの面影を認めた私達は、無言で遠ざかる彼女を目で追った。
良子さんらしき人物を乗せた自転車は、横断歩道の手前で地面を離れ、赤信号の歩行者用信号機を越えると、さらに高度を上げ、空の高みへと、ぐんぐん、ぐんぐんと昇っていった。

大五郎さんの悪い予感が的中

右目の下にホクロがない伊南村昇容疑者(二四)が十一日午前、加古川署に死体遺棄容疑で逮捕された。
伊南村容疑者は犯行を認め、おっちょこちょいで思い込みが激しく、また友情に篤い己の性格がどうのこうのと、取り調べに当たった警察官に取り乱した様子で早口でまくし立て、全然話についていけなかった警察官を苦笑させた。警察官は自身の聴取能力に問題があるのではないか、といった自己不信に陥ることなく、伊南村容疑者に落ち着くよう促した。
伊南村容疑者は深呼吸すると、しかしそれだけでは私がやったことの説明には不十分だ、とまたしても警察官には理解不能な、独り言めいた発言を垂れ流した。伊南村容疑者が二日前の夜の出来事を俯瞰し、分析しようして上手くいかず、むなしくあがいていると察した警察官は、伝家の宝刀「両の眼(まなこ)から父性横溢」を用いて、パニクる魂を鎮めようとした。
規定枚数をオーバーすると査定に響く上、伊南村容疑者ではちっともラチがあかないので私が事件をまとめると、殺害されたのは、猫背でない恵久美彩子さん(二二)。そして彩子さんの変わり果てた姿を発見したのは、虫歯がない棟田大五郎さん(二四)だった。
第一発見者の大五郎さんは、意識を失い昏倒しても大怪我を負わないように、彩子さんの亡骸のかたわらにしゃがみこみ、自身の携帯電話から伊南村容疑者の携帯電話に電話をかけた。伊南村容疑者は、詳しい話は何も聞かないまま、緊急事態であることだけを察し、自家用車で彩子さんの自宅、菊花レジデンス101号室に駆けつけた。
そこには頭部が血に染まった生々しい彩子さんの遺体と、凶器らしき金槌、さらには気絶して弛緩した大五郎さんの姿があった。その光景から、伊南村容疑者は瞬時に、大五郎さんが彩子さんを殺害したと早合点した。伊南村容疑者はまず、大五郎さんをおんぶして運び出し、車に乗せて自宅に引き返し、ベッドに寝かせると、一人で菊花レジデンスに戻った。
大五郎さんが目を覚ましたのは、それから約四時間後の翌深夜二時頃だった。大五郎さんは自分が誰で、今何時で、どこにいて、何をしているのか、しばらく分からなかった。ただ漠然と悪い予感がしていた。大五郎さんの悪い予感は的中した。その頃伊南村容疑者は、死体遺棄にはうってつけの場所を見つけ、大仕事を前に深呼吸していたのである。

階段から転落した女性が死亡

財団法人ソウシャル・サービス協会が運営する生活困窮者向け宿泊所「あさぢが荘」で四日午後三時十五分頃、同所に父親を訪問した女性(二二)が四階の廊下でくにゃくにゃに倒れているのを、顎にイボのある女性(五六)が発見し、笑った。
笑い声を聞き、駆け付けた窃盗等の前科のある男性(七一)が119番通報し、要領を得ない話ぶりながら、救急車を出動させることに成功した。窃盗等の前科のある男性は、「前科といってもずいぶん昔の話だ」という。
顎にイボのある女性は、沼田忍さん。沼田さんは真珠貝が真珠を育てるようにイボを育てている。買い手はまだ見つかっていない様子だが、そもそも沼田さんにイボを売る気があるか疑わしく、沼田さんの良い時も悪い時も見てきたイボを沼田さんが簡単に手離すとは考えにくく、ある専門家は「手に入れたければ、大金を積む必要があるだろう」との見解を示している。経営していた不衛生な飲食店は、五年程前に閉店している。
くにゃくにゃに倒れていた女性は、搬送先の病院で間もなく死亡した。警察の調べで、亡くなった女性は市川市在住無職、稲葉貴子さんと判明。貴子さんは同日午後、自宅でカップヌードルを食べ、「友達と遊んでくる」と母親に告げ、ヤフーオークションで落札したクロックスのサンダルをはいて出かけた。貴子さんは「あさぢが荘」に父親の善雄さん(五十)を訪ね、お小遣いをせびった。善雄さんは「俺は一文無しだ。金があればこんなところにいるはずがない」と突っぱねたが、貴子さんは信じなかった。
貴子さんの両親は三年程前に離婚している。善雄さんが二十年程勤めた会社を至極まっとうな理由で解雇された時期と重なっているため、善雄さんの失業と離婚が無関係だとは考えにくいが、詳しいことは分かっていない。
貴子さんは父親との会談が不首尾に終わった後、階段から転げ落ち、その際、頭の打ち所が悪かったため死亡したと見られている。警察は事故と事件の両面から調べる方針だが、「十中八九事故」らしく、「もし事件だったら?」との取材陣の質問に「もし事件だったらフルチンでお詫びしよう」と担当警官は白い歯と自信をのぞかせた。

中国国籍の李さんが夢を見た

滋賀県大津市に住む中国国籍の李魚さん(二八)は七日、急に土産が三つ必要になり、一階に土産物屋がある老舗料亭に向かって歩いていて、町内にうねるようにドイツとアメリカの国境線があることに気付き、驚愕する夢を見た。
土産物屋兼老舗料亭は、夢の中では李さんのアルバイト先であり、ドイツ側にあるが、風景も行き交う人々もそこが日本であることを示していた。国境線は隠されていたわけではなく、あまりに平然と存在していたため、誰の気にもとまらなかったのだった。
土産物屋兼老舗料亭につくと、オフの日に土産を買うために顔を出した李さんを、従業員たちは歓迎してくれた。李さんはお皿を三枚買うつもりだったが、女将さんや、お皿を作っている先生(四十代女性、料亭の二階でお皿作りの教室を開いている)に、李さんにお皿を売るのは申し訳ない、と言われる。どうやら値段ほどの価値はないらしい。そのまま手ぶらで帰すのは悪い、と老舗料亭のオーナー一族の重鎮(引退していて足が悪い)のおごりで、ラーメンを食べに行くことになる。その店はアルバイト仲間の女の子のお母さんがアルバイトしている店だった。
道中、オーナー一族の重鎮に豪雨が襲いかかる。ベテラン奉公人が、つっかえ棒のように自身の身体を主人の身体に押しつけて、悪い足の方に倒れそうになる主人を必死に押し返していた。肩を組めばいいのに、と李さんは思うが、口には出さなかった。雨が降っているのはこの場面だけだった。
川岸から川に魚を放っている光景を李さんは橋の上から目にした。慈善活動のように見えたが、魚の頭は切り落とされていた。頭のない魚は、川底に縦に一列に並んで揺れていた。
帰り道で李さんは悟った。アルバイト仲間の女の子と会うことはもう一生ないだろう。ラーメン屋に女の子のお母さんの姿はなく、それは女の子が新しいアルバイトを見つけたことを意味していた。

死体を盗まれた男が盗難届?

「物騒な世の中になったものだ」と嘆きたくなるような事件がまた起きた。もっとも俺自身は、ナイーブとは無縁なデリカシーの欠片もない腐れ***なので「物騒な世の中になったものだ」などと嘆きたいなどとは微塵も思わないのだが。うがった見方かも知れないし、正鵠を射た鋭い洞察かも知れないが、人は「物騒な世の中になったものだ」と嘆くことで、健全な自分を確認&アピールしたいのではないか。そう思ったところで俺が何か得をするわけではないのだが。
さて、前置きはこのくらいにしてさっそく本題に入ろう。「時短」「時短」と叫ばれている世の中でもあるし、一記者の戯れ言に付き合っていられるほど、親愛なる読者の皆様が暇ではないことくらい、デリカシーの欠片もない俺だって十分承知しているからだ。伝え聞くところでは「時短」とは「時間短縮」の短縮形であり、つまりは「さっさとやれ」ということだろう。自慢でもなんでもないが、コンビニのレジでちょっと待たされただけでもイライラする俺だ。さっさと本題に入らない俺に、皆様方がイライラしないなどとどうして考えられるだろう。それに本題に入らない理由もないしな。
つまりこういうことだ。どうやらどっかの男か女かが「死体を盗まれた」として警察に盗難届を提出したらしいのだ。「らしい」というのは他社の記者が携帯電話で誰かにそんな話をしているのを俺が盗み聴きしたからで、いわゆる「伝聞」だからだ。それを隠すつもりはない。報道倫理に反するからな。タイトルに「?」を付けたのもそのためだ。
盗み聴きした内容を同僚に伝えると、そいつは「情報が少なすぎて全体像がまったく見えないが、まあ、死体を盗むやつも盗むやつだが、盗まれたやつも盗まれたやつだよな」と言い、鼻で笑った。そんな、ニヒルを絵に描いたような同僚を、俺は同僚を上回るニヒルさでせせら笑った。俺の胸の内には「そういうニュアンス勝負の言い方だと、自動翻訳機には絶対に伝わらないだろうな」との思いがあった。常に自動翻訳機を意識している俺なら「盗むやつも馬鹿だが、盗まれたやつも馬鹿だよな」と言うだろう。俺が胸の内を明かさなかったのは、やつに成長するチャンスを与えるつもりなどこれっぽっちもなかったからだ。