雨月物語 後編

(4200字)

梅星子さんが当社ビルでPR

むろん誰が言い出しっぺか特定するのは極めて困難だが、「嫉妬深い女を演じさせてその右に出る者はいない」と言われる女優の梅星子さん(五六)が二八日午後、御影座で来月一日から上演される舞台「****家族」をPRするため、当社ビルを訪れ、開口一番ゲップをし、たまたま居合わせた人々を倦怠させた。
特に著しくげんなりした二百名は、それぞれ各上司に早退届を提出し、そのうちの三名が受理された模様だ。ゲップから察するに、星子さんは昼、岡山名物ままかりの酢漬を咀嚼したと思われるが、今のところ裏付けは取れていない。
「演劇界の吹出物」の異名をとる彼女とはいえ、「梅星子さん」と言われても、演劇は人気種目とは言えないので、すぐにピンとくる人は少ないかも知れない。しかしそんな人達でも「数年前に成人女性向け極太バイブレーターのテレビコマーシャルで豪快なひとりHを披露し、一躍お茶の間でも人気の的となったあの人」とヒントを与えられれば、「ああ、あの顔のパーツのひとつひとつがやたらとでっかく、やたらとくっきりしたあの人ね」と自分の容姿は棚に上げて薄笑いを浮かべる人は多いだろうが、本人を前にそれを口にできる人は少ないだろう。かく言う私もそのうちのひとりである。
梅星子さんは今回、十八番の「妬婦」を封印して心機一転、大阪からの元気な転校生・ノリ子(小学二年生)の幼稚園時代を演じる。これは原作漫画にはないエピソードで、星子さんは「こんな小さな女の子を私が演じていいものか最初は不安だった」と目をパチクリさせる。
そんな星子さんの弱気を強気に転換させてくれたのは婚約者のヒデノリさん。こんな女でも愛する男がいるんだなと私はそのヒデノリさんなる人物に興味を持ったが、本筋を離れる恐れがあるため、突っ込んだ質問を差し控えてしまったことを今になって後悔している。今回の失態を次回の糧にしなければ後悔はただの後悔でしかない、と私は今、肝に銘じているところだ。
さて、当社とのタイアップ企画のお知らせです。ご来場時、係員に「ケータイニュースを読んだ」とおっしゃって下さった方先着二百名様に、稽古期間中伸ばし続けた星子さんの脇毛を、ポチ袋に入れてプレゼントします。数に限りがありますので、ご所望の方は、なるべく早いご来場を!

次男殺害で恋人の行方を捜索

十六日午前、和歌山県新宮市で漁業を営む大谷竹助さん(五六)宅の二階の一室で次男の富雄さん(二九)が遺体で発見された。
富雄さんの遺体の頭部には、釘が十本打ち込まれ、右の鼻の穴には箸が一本、左耳には耳掻きが一本、肛門には皮付きのバナナが一本突き刺さっていた。釘はシルバーの新品で錆はなく、箸は漆塗り、耳掻きはグッドデザイン賞受賞作品に似せて作られた一品、バナナはフィリピン産だった。右眼はくり抜かれ、くり抜かれて空いたスペースに切り取られた睾丸がひとつ、睾丸収納袋にはくり抜かれた右眼ともうひとつの睾丸が寄り添うように納められていた。左肘にはオレンジ色の蛍光ペンで「ぶた」と、右膝にはラベンダー色の蛍光ペンで「やぎ」と落書きされていた。頭髪の一部分は剃り落とされ、左脇に乾くと透明になる木工用ボンドで貼り付けられていた。右手の爪はすべてはがされていたが、左手の爪にはネイルアートが施されていた。親指の爪にはあみだくじのようなブロック塀、人差し指の爪には縁日に金魚すくいをする浴衣姿のあどけない少女、中指の爪には近所の評判も上々な笑顔が絶えないサラリーマン一家の休日の夜の食卓の風景、薬指の爪には花柄のマウンテンバイク、小指の爪には渦巻き状に赤色のハートマークが十八個描かれていた。性器は切り取られて葉巻のように唇に挟まっていた。歯はあらかた引っこ抜かれて中心に微小な孔が穿たれナイロンの釣り糸が通されてネックレスとして首にかかり、アクセントとして右手の爪が使用されていた。そして胸部から腹部にかけて左右の乳首と臍を結ぶ三角形がボールペンで皮膚を破るほどの筆圧で刻まれていた。
その他の部位にはこれといった外傷や装飾は認められなかった。
この異様な事件に困惑した私は、魔術関係の本を何冊か所有する古い友人Aに意見を求めた。Aは「儀式くさいな。外傷や装飾のひとつひとつに何らかの意味があるはずだ。まずはそれらを解明する必要がある」と眉間に深い皺を寄せた。また推理小説を二十冊以上読破している古い友人Bに意見を求めると、Bは「加害者は、他人には決して知られたくない何かを隠すために、カムフラージュとして様々な外傷や装飾を加え施したに違いない」としたり顔で答えた。さらに中学時代、数学の成績が5段階評価で3だった古い友人Cに意見を求めると、Cは「三角形の内角の和は180度。この事件は180度ひっくり返る可能性がある」と自信たっぷりな様子で眩しそうに眼を細めた。そのあと私は事故で左脚を複雑骨折し入院中の古い友人Dを訪ねた。Dは「ロング・バケーションってやつだな」と微笑し、現状を前向きに捉えているから心配無用だという配慮を見せた。私はDに、この事件に関する意見を求めなかった。
何はともあれ大谷さん宅には前日夜から富雄さんの恋人が宿泊しており、恋人は明け方、仕事の支度をする大谷さんに「じゃ」とあいさつして家を出てから連絡がとれなくなっており、警察は何らかの事情を知っているとみて、現在その行方を捜索している。

人気ラーメン店の店主を逮捕

栃木県は下都賀群の大平町富田にあるラーメン専門店「青頭巾」の店主・足立イサオ容疑者(五六)が三十日、下都賀署に逮捕され、くさい飯を食うことが確実になったと、関係者の皆様を嘆かせている。
「青頭巾」は近所に勤め先(飯の種)のあるサラリーマン連中のみならず、OLどもが昼食時に行列をつくる人気店として、地元のテレビ・雑誌等に取り上げられることもしばしばで、舌に刺激を与えることを好む人々が遠方からわざわざ自家用車や公共の交通機関を利用して訪れ、ラーメンと鼻をすすると同時に誰もが気さくにトイレを貸す店主の人柄にささくれた心を癒してもらう、そんなアットホームな雰囲気の店だった。
足立容疑者の娘・シズコさん(十六)が今月三日から学校を休んでおり、学校側の問い合わせに対応する足立容疑者の応対に、不審を抱いた近所の地獄耳のオバさんが警察に通報したが、警察はこのオバさんを不審がり、すぐには動き出さなかった。
常連客の一人、NCCC(ニッポン・チャ・チャ・チャ)証券に勤める黒田一郎さん(三二)、通称クロちゃんは、「確かに今月のはじめくらいから味に変化があった」と言う。ジャンケンの後出しのようで卑怯な気もするが、クロちゃんによれば「スープの味が若々しくなったと感じた」そうだ。クロちゃんはさらに「しかしそれは病み上がりの自分の舌のせいだと思い、誰にも言わなかった」と付け加え、賢明にも自己欺瞞との批判の噴出を未然に牽制する弁明をも怠らない抜かりなさを見せた。それ自体が自己欺瞞なのだが。とは言え自己欺瞞の意味は筆者自身よく分かっていないのだが。
「青頭巾」のライバル店の店主(匿名希望)は足立容疑者の奥さんが数年前に「実家に帰って」から「青頭巾」は急に人気が上昇したと回想する。そして何か面白い冗談でも思いついたかのように、フッと笑みを浮かべると、「それがまさか奥さんをスープのダシに使用していたとはね!」と外国人のような大袈裟なジェッシャーをつけて、負け惜しみ気味にあきれてみせた。
足立容疑者に接見した弁護士によると、足立容疑者は「カミさんは実家に帰ったのではなく、オレが食って、排泄したし、娘のシズコも、ちょうど食べ頃に見えたので、殺してオレが食った」と話し、スープのダシに使用した疑いについては「そんなことするはずがない」とプリプリしているという。
殺人の容疑は是認してもダシの件は否認する構えを貫く構えというわけだが、不思議なのは「青頭巾」で食事経験のある誰一人として、人間がスープのダシに使用された疑いが明るみになったというのに、不快感なり何なりを表明していない事実である。

現金不正引き出し親子の手口

会津若松署は二十一日、他人のキャッシュカードを奪い不正に現金を引き出した疑いで無職の親子を逮捕した。逮捕されたのは、母親の岡妙子容疑者(四五)と息子の敏文容疑者(二四)。両容疑者は容疑を認める供述をしている。
二人の供述によりその手口が明らかとなった。
そもそものはじまりは三年前の交通事故だった。妙子容疑者の夫であり敏文容疑者の父であった人物、故岡右門氏は磐越自動車道を走行中、単独事故を起こし死亡した。そして幽霊となり妻子の前に姿を現した。
生前から悪知恵が働く小悪党だった右門氏は、幽霊になってもその本分を失わず、妻子と共謀して荒稼ぎする計画を立て、二人に持ちかけた。
計画は自身の幽霊としての特性を生かしたシンプルなものだった。幽霊はほとんどの人に見えず、見えたとしても見えない振りをするのがエチケットである。その特性を生かし、右門氏は幽霊として堂々とATMに入り、ATM利用者の暗証番号を盗み見る。右門氏がターゲットと暗証番号を妻子に伝え、敏文容疑者がキャッシュカードの強奪と現金の引き出しを、妙子容疑者が現金を引き出す時間を稼ぐ役割だった。暗証番号を盗み見たその日のうちに犯行に及ぶこともあれば、翌日以降に持ち越すこともあった。どちらにせよ手口は同じである。
ターゲットは常に非力なお年寄りが選ばれた。敏文容疑者が路上や駐車場などでお年寄りの鞄(キャッシュカード入り)を力任せに奪って逃走すると、すかさず妙子容疑者が親切なオバちゃんの振りをしてお年寄りに歩み寄り、慰め、お年寄りに代わって自身の携帯電話で警察や銀行に連絡する振りをする。その間に敏文容疑者がATMで現金を引き出すのである。敏文容疑者は監視カメラ対策として帽子を目深にかぶっていた。
以上のごとく三位一体の連携プレーによって親子は私腹を肥やしていたわけだが、逮捕されるきっかけとなったのは、敏文容疑者の油断だった。油断するとミスが出るのはどの世界でも同じこと。敏文容疑者はあろうことか、ATM内で額の汗を拭うために帽子をとってしまったのである。監視カメラに記録された映像から、あえなく御用となった。