罪人の墓

ブログは小説の墓場

子供の領分

(3300字)

ある事件、ひとつの教訓

一九八*年。地方の小学校で、ある事件が発生しました。
事件といっても、今では関係者の誰一人として記憶していなくても不思議ではないくらいの、あまりにささいな事件です。舞台は一年四組の教室。ある日の午後のことです。Y君の親友のT君の筆箱がなくなったのです。どういうわけか、T君がどこかに置き忘れたか、どこかに落としたかしたのではなく、誰かがT君の筆箱を隠した、という前提で、担任の先生の指揮のもと、クラス全員での捜索が行われました。まずは教室内を捜しましたが見つからず、捜索範囲を教室外にまで広げましたが、やはり見つかりませんでした。
そこで先生はクラス全員を教室に戻し、子供達に話をしました。その内容は、このまま見つからないのであれば、警察を呼ぶしかない、というものでした。
それを聞いて泣き出す子供がいました。Y君です。先生はもう一度捜そう、と子供達を解き放ちました。すると、あんなに捜しても見つからなかった筆箱が、あっさり見つかったのでした。
十数年後。Y君は何の前触れもなく、不意にこの事件を思い出しました。そして少し嫌な気持ちになりました。「あの時泣き出した僕を、先生は犯人と見なしたのではないだろうか」そう思ったからです。
真実は判らないものの、Y君はこのことから、ひとつの教訓を得ました。それは次のようなものです。大人の論理で、子供の感性を測ってはならない。

くつ、あるない

Y君は四人きょうだいの次男。兄と弟と妹がいます。今はみんな独立して家をでていますが、かつてはひとつ屋根の下で暮らしていました。
Y君が小学二年生の頃の話。学校から帰って家にいると、台所の母がY君に尋ねました。「K君(Y君の兄)はもう帰ってきてるの?」Y君は兄が帰ってきているのかまだなのか分かりませんでした。そこで家の中を兄の名前を呼びながら、あるいはこっそり忍び足で(というのもどこかに身を潜めているかも知れないからです)捜しました。それでも見つからなかったため、母に「まだ帰ってきてない」と報告しようとしたのですが、そこでY君はひらめき、玄関に行きました。兄の靴があれば帰ってきているということ、なければまだ外にいるということだと考えたからです。
玄関には大量の靴がありました。一人一足ならわけないのですが、現実はそう甘くはありません。兄の靴はいくつか見つかりましたが、いつも履いている靴は見つかりませんでした。そこでY君は兄はまだ帰ってきてないと報告しようとしたのですが、しかし報告することをためらわせるものがありました。それは、兄のいつも履いている靴は確かにそこにあるのに、自分が見つけられていないだけなのではないか、という疑念です。Y君はこの疑念を、ぬぐい去ることができなかったのです。
Y君はこの体験から「ある」と「ない」の非対称性、すなわち「ある」の確実性と、「ない」の不確実性を学びました。

傷物語

Y君の頭には傷があります。右耳の2センチほど上に、縦2ミリ横1センチほどの細長い傷です。髪をかき分けると、そこだけ毛が生えていないので、誰にでも簡単に確認できます。Y君は「ほらここ」と言いながら僕にもその傷を見せてくれました。
そしてその傷にまつわる物語を話してくれました。僕には正直どう解釈したらいいのか分からない話でしたが、とりあえず聞いたままを記したいと思います。
そもそもY君にはその傷がいつできたのか、記憶がありません。その傷にまつわる物語を、Y君はY君の母親から聞いたのです。
Y君の母親はY君がお腹の中にいる時に、近所で火事を目撃しました。Y君の母親が第一発見者でした。当時はまだ携帯電話が一般には普及していませんでした。そのため公衆電話から119番通報しました。その後、鎮火を見届け、家路につきました。そしてふとあることに思い至り、ポケットに手を差し込んだY君の母親は、そこになければならないものがないことに気がつき、呆然と立ち尽くしてしまいます。そこになければならないもの、それは手鏡です。本来ならば、手鏡を、鏡面を外に向けてポケットに入れておかなければならなかったのです。外の世界の災いがお腹の中の子供にふりかからないように、鏡に跳ね返してもらうためです。
Y君の母親は不安な日々を過ごしました。そしてY君を出産しました。Y君の母親はY君の体をくまなく調べました。そして安堵しました。頭に小さな火傷のような傷跡があるだけで、他に異常らしきものは見当たらなかったからです。

ミステリーサークル、もも

これはY君の小学三年生の頃の話です。Y君は夕食後、テレビの前であぐらをかいていました。テレビを観ながら、何気なく視線を落としたY君は、あるものを目撃し、驚きのあまり目を瞠りました。「あるもの」は短パンから伸びる自分の両脚の太腿の内側にそれぞれひとつずつ、左右対称にありました。それは、直径5センチ程の青黒い円形のアザでした。Y君の経験では、アザは、硬いものに強くぶつけた時、あるいは、硬いものが強くぶつかった時に、時間をおいてできるもので、痛みと不可分なものです。しかし今回のアザは、硬いものに強くぶつけたわけでも、硬いものが強くぶつかったわけでもなく、また痛みもないまま、突如出現したのです。まさにミステリーサークル。不可解としかいいようがありません。
Y君は判らないことがあると、誰かにすぐ尋ねるタイプではありません。まずは自分で考えます。ですがそんなに集中力があるほうではないため、少し考えて判らないと保留して別のことをします。今回もそうでした。Y君は最近覚えたばかりのカエル倒立をしました。その時、ミステリーサークルの謎が解けたのです。
カエル倒立というのは、体操の一種と考えて良いと思います。やり方ですが、まずしゃがみます。それから両手を肩幅くらいの間隔をあけて地面につきます。右脚を右腕の外側、左脚を左腕の外側にポジショニングします。すると右肘は右脚の太腿の内側に、左肘は左脚の太腿の内側に当たります。そしてその状態をキープしたまま両肘を軽く曲げつつ身体を前に倒します。両腕に負荷がかかり、両肘は両脚の太腿の内側をそれぞれ強く圧迫しはじめます。さらに前傾姿勢になると、負荷と圧迫は増進し、やがて両足が地面を離れます。この、両足が地面を離れた状態を、バランスをとりながらキープするのがカエル倒立です。Y君はこれをやりすぎたために、両太腿の両内側に、ミステリーサークルを出現させてしまったのでした。

赤鼻譚

Y君の鼻の頭は赤い。
数年前に凍傷を負ったからです。冬山で遭難したとかそういうわけではありません。ただ単に寒いところにずっと(連日長時間)いて、尚且つ鼻のケア(かゆくなくてもたまに触って血行を良くするなど)を怠ったからです。春がくれば元に戻ると思っていたのですが、冬より範囲は狭まり、色も薄くなったとはいえ、春になってもY君の鼻は依然赤いままでした。
それからずっと赤いのですが、例年通り、十二月になって寒さが増してくると、Y君の鼻の赤さはいよいよ本格化(薄いピンクから真っ赤っ赤へ)してきました。そんな折り、Y君は自分の鼻が赤い理由、自分の鼻の赤さに関する物語を思いつきました。それは次のようなものでした。
Y君の前世はトナカイさん。トナカイ界でも、クリスマスの日、サンタのおじさんに「暗いよ道はピカピカのお前の鼻が役に立つのさ」と言われ、大役を任された「赤鼻のトナカイさん」の話は有名で、Y君も母親から聞いて知っていました。Y君の夢は、いつの日かサンタのおじさんを背中に乗せて、クリスマスの日に、世界中を飛び回ることでした。夢を叶えるため、Y君は鼻を赤くする努力を惜しみませんでした。しかし夢を叶える前に死んでしまいました。そして人間に生まれ変わりました。この時期(クリスマスシーズン)になると、Y君のもともと赤い鼻はより一層赤くなるのですが、それはそんなトナカイ時代の名残りなのです。