デ・ジャ・ブ 1

(4300字)

室町幕府にとって俺は存在しない。一人で突っ立っていると妙なことを考える、と砂袋吉樹は思った。フロントにはメモ用紙があった。306号室の客は女を連れて戻り、女は砂袋の目を見た。砂袋も見返したが何も起こらなかった。起こったとも言える。吉樹は女が吉樹を誘惑しベットになだれ込み燃えあがる光景に支配されたのだ。メモ用紙にいたずらにペンを走らせるといつも女性器が現れた。不思議だった。丸を描いて丸の中に縦に一本線を入れると女性器になる。楕円の中に小さな楕円を描くとやはり女性器になる。否。丸だけでよかった。縦に一本線を入れることも、もうひとつ丸を入れることもなかった。男のチンポは股間とくっついていて金玉とも切り離せないし、どうしても「根元」の問題に突き当たるが女性器は丸なのだ。「明日の朝、電話するとしたら、キタキツネ」吉樹はそう書いて、その文の意味の解読に努めた。その結果「明日の朝、電話する」が重要有意味で「としたら、キタキツネ」は蛇足であると判断した。ホテル・マーセラの電飾の美しさはネオン管を用いず電球のみで構成されていることに尽きる。絵画でいう点描画の手法だ。そんなことを平気な顔して語る男は服を着たまま窓ぎわに突っ立ち、窓の外を見ていたが外というより窓に映った顔、窓に映った室内を見ているのだった。裕紀は窓に映る男の顔を室内のベットから見ていた。306号室の客に内線で呼ばれ砂袋は控室で休憩している澤田に連絡し澤田にフロントを任せエレベータで三階にあがった。男は裕紀にフロントに電話するように言い、フロントの男を呼べと命じ裕紀はそれに従った。裕紀はよく人から不思議だと言われたし自分でも自分が不思議だった。ホテルマンのズボンを脱がせフェラチオした。服を脱ぐ気配のない男を見ているとそんな事の成り行きを想像してバルトリン腺液が腟を濡らすのが分かった。NBGというのは「人間をビニールシートで包みガムテープでぐるぐる巻きにしたもの」だ。男はそう説明した。砂袋は男はNBGになりたがっていると直観した。男はポケットに両手を突っ込んで窓ぎわに突っ立ったままフロントの男のことを考えていた。そんな上手く事が運ぶとは村瀬には思えなかった。単なる空想と村瀬は結論付けたがだからといって簡単に放棄できなかった。村瀬は女に謎をかけるように精液を口に入れて持って来いと命じた。ホテルのロビーはシンメトリーではなかった。狭くて縦に細長く片側にテーブルと椅子が並んでいる。フロントから玄関の自動扉に向って左側にエレベータがあった。手前が2号機で奥が1号機。

週刊誌を主な活動の場とするフリーライターの横溝達夫は取材ノートにロビーの見取図をささっと描いた。澤田が下番するのを待っているのである。林道に放置された車内から三人の遺体が発見された。身元はすぐに割れた。運転席に村瀬正男(48)、後部座席運転席後方に滝沢裕紀(19)、助手席後方に砂袋吉樹(23)。砂袋吉樹はホテル・マーセラの従業員だった。横溝は眠気に襲われ瞼の上から両目の端をぐっと押さえた。エレベータが稼動する音が聴こえて砂袋はメモ用紙から目をあげた。奥の1号機から女が出てきた。女は自動扉の方に目をやり自動扉のガラスの表面で砂袋と目が合った。女は向きを変えフロントに近付いた。砂袋の前で立ち止まると「トイレ、どこですか?」と聞いた。ホテルマンは裕紀の質問の意味が分からず女を見た。トイレなら室内にあるはずだが室内のトイレが壊れて使えないのか?フロントの奥に従業員用のトイレがあるがそこを案内していいか?女は室内にトイレがあることをど忘れしているのか?室内のどこにトイレがあるのか、と聞いているのか?もう帰るのか?ただ何でもいいから喋りたいのか?「トイレ、ですか?」と吉樹は聞き返した。「はい。トイレ」と女は平気な顔をして答える。「トイレは」と吉樹は言った。「ありますよ」306号室の客は「明日の朝、電話しろ」と言って砂袋に携帯電話の番号を渡してホテルを後にした。裕紀はトイレなどどうでもよくなり「卵、ありますか?」と聞いた。「卵?」と吉樹は聞き返した。「はい。卵」と女は言う。卵なら厨房にあるが料理人はもう帰った後だしまだ来ていない。厨房から取るのは面倒だし第一フロントを無人にしたくない。控室の澤田を呼ぶのも面倒だ。近くにコンビニがあるからそこに行けば手に入るかも知れない。砂袋はそう考えたが女の質問の意味はここでも了解しかねた。新規の宿泊客が入って来て砂袋はそっちに気を取られた。手続きを済ませると重信は802号室の鍵を渡された。宿泊申込書には偽名と偽の住所を記入した。裕紀はフロントの内側に入り込みホテルマンのズボンを脱がせフェラチオした。砂袋の精液は裕紀の口に含まれたまま306号室に運び込まれた。男は扉の開閉音とそれから窓に写った室内の光景とで女が戻ったことを知った。

砂袋吉樹は篠田登の存在を意識している節があった。事件を取材する横溝は事件に服従するしかなく、砂袋はそのことを知っているかのようだとシナリオライターの篠田は思った。ファミリーレストランで村瀬は裕紀に吉樹をフェラチオするように命じ、吉樹に裕紀にフェラチオされるように命じ、二人に同時に席を外させた。己の謎の死を謎の死にするためには謎を解くキーを握る者を生かしておくわけにはいかない。村瀬は裕紀と吉樹のドリンクに睡眠薬を混入した。二人はトイレから戻り吉樹はドリンクに手をつけたがすぐに「まじ」と言って吐き出した。裕紀に「まずいから飲むな」と命令した。二人は睡眠薬の効果で車に乗り込むと早々に眠り込み村瀬は林道に車を止める。ホースで排気ガスを車内に誘導し三人は排ガス自殺死体となった。篠田登は自身のシナリオを砂袋の「まじ」によって破壊されたのだった。村瀬はそこで気付いた。初心を思い出した、と言うべきか。自分が望んでいるのは単なる「謎の死」ではなく「強烈で、スキャンダラスで、屈辱的な死」であることを。だいたい三人きれいに車内で排ガス自殺死体になるというのは「謎の死」どころか単なる「集団自殺」だ。篠田登は村瀬はそう考えると考えてロビーの見取図を描いたノートを閉じると部屋で有料のエロ番組を見ようとエレベータで6階にあがり606号室に入った。802号室の吉岡美穂(本名・重信政子)はチェックインの時に見たホテルマンと若い女の様子に妄想をかきたてられていてもたってもいられなくなり部屋を出た。政子は部屋の錠が開かないとフロントの男に苦情申し立てた。砂袋は内線で澤田を呼び澤田にフロントを任せ政子とエレベータで8階にあがった。政子の荷物は部屋の中にあり廊下に出ていなかったが砂袋は怪訝がらず政子から受け取った鍵で難なく開錠した。政子は「そこじゃなくて、トランクの錠が開かなくて」と言って砂袋を部屋の中に誘導しホテルマンのズボンを脱がせフェラチオした。砂袋がぜんぜん戻って来ないので澤田はそんな光景を思い浮かべ勃起した。フロントのメモ用紙には複数のマンコが描かれその下にへたくそな字で「明日の朝、電話するとしたら、キタキツネ」とあった。澤田はそう書かれたメモ用紙を丸めて足下のゴミ箱に捨てた。

野草研究家兼使用済コンドームコレクターの秋吉里子が事件の第一発見者となった。秋吉は肉がたるんだ楕円の中に楕円がある「常時開放型」のマンコの持ち主で朝早く起きて野草を摘むのと使用済コンドームを収集するのが(一カ所に6個がこれまてまの最高記録)日課だったが死体を発見するのは初体験だった。その死体はお尻丸出しでうつぶせに倒れ肛門にいちじるしい損傷が認められ血が肛門を中心に尻全体に付着していた。傍らに陰毛の多数貼り付いた長さ20センチほどのガムテープと肛門をほじくるのに使用されたと思われる木の枝が数本、男が着用していたと思われる下着とズボンが放置されていた。週刊誌を主な活動の場とするフリーライターの横溝達夫は秋吉里子を取材した際に録音したテープを聴きながら車を走らせていた。殺害されたのは村瀬正男(48)だった。検視の結果死因は肛門とは関係がなかった。肛門をほじくられたのは抵抗の痕跡の欠如から死後だった。自身の「強烈で、スキャンダラスで、屈辱的」な死体を思い浮かべて村瀬が不気味に微笑するのを窓ぎわに窓を向いて立たされた裕紀は見た。村瀬は口の中の精液を卓上の灰皿に吐けと命令し、裕紀が吐くとこっちに来いと命令し窓ぎわに窓を向いて立たせ村瀬は室内中央の椅子に座った。煙草に火を点け吸い、煙を吐く。灰をホテルマンの精液の入った灰皿に落とす。裕紀は窓に映る室内の光景を見ていた。村瀬を殺害した砂袋吉樹は村瀬が殺害の報酬に用意しコインロッカーに入れておいた一千万円入りのボストンバッグを手に入れるには村瀬の肛門に入れられたコインロッカーの鍵を取り出さなければならずそれで村瀬の肛門をほじくった。裕紀は一部始終を砂袋の傍らで見ていた。吉樹は村瀬殺害を、裕紀はその一部始終を見ていることを、依頼されたのである。銀行の防犯カメラに映らないよう裕紀と吉樹は車内で待っていた。事件はその猟奇性から猟奇殺人とも快楽殺人とも言われたがその見方は徐々に変化していった。名古屋駅構内を三人は互いに素知らぬふりをして歩いた。吉樹と裕紀は現金の入ったボストンバッグを村瀬がコインロッカーに仕舞うのを見た。駅のトイレで村瀬が最後の脱糞を済ませるとホームセンターに車を走らせた。裕紀と吉樹はホームセンターでガムテープとゴム手袋を買った。駐車場に止めた車の中で村瀬はズボンを下ろし裕紀と吉樹の前に肛門を向けた。裕紀にコインロッカーの鍵を渡し裕紀は受け取ったコインロッカーの鍵を村瀬の肛門にねじ込んだ。肛門が呑み込んだ鍵を吐き出さないようガムテープを千切って村瀬の股間に貼りつけた。村瀬は車を走らせ道は林道になった。立ち小便するために村瀬は車を止めた。それが合図だったかのように「俺も」と吉樹も下りた。吉樹は手ごろな石塊を手に取りそれで村瀬を背後から襲った。後頭部を直撃するはずだった石塊は村瀬が振り向いたことで額を打ち砕いた。失禁するとともに死亡した村瀬がズボンと下着を脱がされ肛門をほじくられたのはその後だった。鍵は奥の方まで入り込んでいたため肛門はいちじるしい損傷をこうむることとなった。鍵を手に入れた吉樹と裕紀は村瀬の車で逃走した。車は遺体発見現場から5キロの車道に乗り捨てられていた。車内から村瀬の血とうんこの付いたゴム手袋が発見された。