われらの時代

なぜか生き残ってしまう。

土井やつひの死 1

(3800字)

2011年11月11日、ポッキー&プリッツの日に他殺体としてはじめて我々の前に姿を現した土井やつひは、数々の謎を我々に提供しました。そもそもなぜ11月11日がポッキー&プリッツの日なのか謎なのですが、これは調べればすぐに判りました。我々の理解が正しければ、お菓子メーカーの江崎グリコが、同社製品であるポッキー&プリッツがスティック状菓子の代表的存在、数字の1と同型であることから、数字の1が並ぶ11月11日をポッキー&プリッツの日と定め、日本記念日協会に申請、認定されたのです。認定されて最初のポッキー&プリッツの日は、平成11年11月11日であり、西暦2011年の今年は、認定された日と同じ、1が6つ並ぶ、記念すべきポッキー&プリッツの日でした。そんなおめでたい日に、土井やつひは殺害されたのでした。享年24。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

人間は謎に満ち満ちています。そのいちいちを取り上げていてはキリがないのが事実です。なぜ生まれてきたのか、なぜ生きているのか、そういった哲学的な謎に我々は立ち入ることはしません。我々に求められていることは、なぜ殺されたのか、どう殺されたのか、誰に殺されたのかといった、犯行の動機や殺害方法、犯人は誰かといった謎を明らかにすることだからです。

土井やつひは生まれた直後に、両親から暴行を受けています。「やつひ」という珍しい名前を、我々が見逃すわけがありません。「どいやつひ」の「ひ」を「ど」の前に移動させると「ひどいやつ」になります。これは両親による幼児虐待の決定的な証拠です。しかし調べるとすぐに別の事実が判明しました。「土井やつひ」は彼自身が考案し、彼自らの意思で名乗りはじめた偽名だったのです。本名は土井紀隆。これによって両親の嫌疑は晴らされ、土井やつひの自傷行為が明らかとなったのでした。

土井やつひを「やっひー」とあだ名で呼ぶ仲間達は、土井やつひが市役所に勤務していることを信じていませんでした。見た目が市役所職員のそれに見合わないものであり、土井やつひ自身が「お前それ本気で言ってんの課」に所属していると嘘をついていたからです。しかし事実、土井やつひこと土井紀隆は市役所職員でした。調べればすぐに判りました。ただし「お前それ本気で言ってんの課」ではなく「生産流通課」に所属していました。
問題の11月11日、土井やつひが昼食を共にした女性職員は、その際土井やつひと交わした会話を記憶していました。ちなみにその女性職員は土井やつひを「土井くん」と呼んでいました。「土井くん」に恋人の有無を尋ねられた彼女は、その質問はセクハラだと思いましたが指摘するのも面倒だし、いつか痛い目に会えばいいと思ってスルーして、仕方なく「いる」と答えました。すると「土井くん」は次のように言ったそうです。
「いるんだ。それは良かった。美人にパートナーがいるのは自然の摂理だからね。良かった良かった。異常気象とか世界中の自然がおかしなことになっている昨今だからね。もしパートナーがいないなんてことだったらそれこそ異常だからね。良かった。ほんとに。いや、ほんとに、もしいなかったら、俺が一肌脱がなきゃならないかもって思っていたくらいだからね。なんか安心した。うんうん」
「大丈夫?」
「大丈夫じゃないように見える?」
「ていうか、急にめっちゃしゃべるから」
「まあ、俺もしゃべる時はしゃべるってことかな。なんかがっかりさせちゃった?寡黙な二枚目だとか思ってた?」
二枚目だとは思っていなかったものの、寡黙だとは思っていた彼女はドン引きしつつ「ちょっとね」と答えたそうです。すると「土井くん」は「マジで?」と「腰を痛めるんじゃないかと心配になるくらいのものすごい海老ぞり」をして次のように続けたといいます。
「ショックだな。美人をがっかりさせちゃうなんて。ほんと、この間、エレベーターの中で二人の〇〇と一緒になっちゃったんだよね。〇〇の〇〇。その時すっごい不快で、理性じゃどうにも」
そんな感じで「土井くん」はあまりにひどい、彼女をさらにドン引きさせる不快極まりないおしゃべりをはじめたと彼女は語りました。我々はその時「土井くん」が「ひどいやつ」である土井やつひに変身していたと考えています。職場では封印していたキャラクターが、ショックで飛び出してしまったのでしょう。とはいえ変身前から無自覚にセクハラ発言をするクソ野郎ではあったのですが。

携帯電話の履歴から陸奥昴なる人物が浮かび上がりました。土井やつひが最後に電話をかけた人物、土井やつひを「やっひー」と呼ぶ仲間達のうちのひとりでした。当然我々はそこで交わされた会話について、陸奥昴を問い詰めることにしました。
拷問も辞さない意気込みで接触した我々に、しかし陸奥昴は実に友好的、紳士的に対応してくれました。その大人の対応は、疑いの光を宿した双眸をギラギラさせて、猪突猛進した我々を、逆に恥じ入らせるほどの威力がありました。
「仕事のオファーだったんですよ」と陸奥昴はあっさりと答えてくれました。「やっひーのお兄さんが美人の看護師さんと結婚するとかで、パフォーマンスを依頼されたんです。と申しますのは、私の古畑パフォーマンスをやっひーはひどく気に入ってくれてましてね。もともと私がやっひーと出会ったのも、私のパフォーマンスを通じてでして、パフォーマンスを終えて裏で休んでいるところに、やっひーは来て、最高でしたと手を差し出してきてくれたんです。私たちは握手して、友人になったわけです」
陸奥昴のマイペースな語り口に我々は心配になってきました。長い話になるのかな、と。
「結婚式の披露宴の会場でした。やっひーは新郎側の友人で、私は新婦側の友人で、それぞれ出席していたんですね。私の古畑パフォーマンスですが、簡単に言えば古畑任三郎の物真似ですね。古畑任三郎といえば物真似の定番中の定番ですけど、ただ真似するだけじゃないんです。私は色々な催しの間を縫って、古畑任三郎の真似をしながら会場を一周しまして、ご歓談中のところ申し訳ありません、なんて言いながら、ひとりひとりに名前を尋ねるんです。それを記憶するんです。それで二周目に、ひとりひとりの名前を言い当てていく、というパフォーマンスなんですけど、これが結構うけるんですよ。本当ですよ。世間の他人に対する無理解と無関心って絶望的かつ壊滅的なほどひどいものですからね、古畑に名前を呼ばれるだけでみんな狂喜乱舞ですよ」
長い話になるのかな、という我々の心配は、杞憂に終わりませんでした。電話で何を話したのか、それを知りたかっただけなのに。我々は半ベソをかきながら、陸奥昴の話に耳を傾けていたのでした。
「やっひーは自分のことをひどいやつなんて自虐的なことを言ってましたけど、私はそうは思いませんね。確かにひどいことも言いますよ。偽悪的な感じではなくて、何かが憑依した感じで。そんな時、私たちはこう言うんです。土井やつひの本領発揮だって。もちろん愛情からですよ。誰も腹を立てたりしません。知らない人が聞いたらびっくりするかも知れませんけど、仲間内ではみんな分かっているんです。やっひーは本当はいいやつだって」
まだ続くのか、と我々はむっつりと黙り込んで、ただただ陸奥昴のおしゃべりが終わるのを待っていました。
「もう一年くらい前ですけど、水嶋ヒロが本名の齋藤智裕名義で小説を出しましたよね。人気若手俳優が賞を受賞してデビューということで話題になりましたよね。ベストセラーにもなりましたけど、評判は良くなかったですよね。出来レースだとか何だとか、色々言われちゃって、私たちの仲間内でも話題になったんですよ。私は未読でしたし特に何も言わなかったんですけど、結構みんなめちゃくちゃ言ってまして、イケメン高学歴だけど小説の才能はないとか、男を下げたとか、そんなことです。その時、ひどいやつを自認するやっひーだけは水嶋ヒロ、齋藤智裕を擁護したんですよ」
そんな話どうだっていいんだよ、という気持ちで我々の心はひとつになっていましたが、みんな我慢していました。これも仕事のうちだと自分に言い聞かせていたのです。
「やっひーは齋藤智裕は不幸な作家だと言うんです。どんな作家でも、デビュー前に一作二作書いている。でもデビュー出来ない。そこでまた考え直して、また書く。三作四作。そうやって練習を積み重ねる。そうやってデビューするのに、どういうわけか、齋藤智裕は早々とデビュー出来てしまった。だから不幸な作家だと言うんですね。みんなには相手にされてませんでしたけど、私はなるほどなと思ったんです。齋藤智裕は早熟の天才作家ではなかった、ということが今回証明されただけで、小説の才能がないとは言い切れない。十年二十年後にすごい作品を書くかも知れない、なんて熱弁をふるってましたよ。どうです?これでもやっひーがひどいやつだと思います?」
我々は「やっひーはひどいやつじゃない」という意味を込めて、必死に首を横に振りました。拷問からの解放を願って。