われらの時代

なぜか生き残ってしまう。

土井やつひの死 3

(5000字)

もう土井やつひの部屋に用はなかったのですが、我々はしばらくそこにとどまることにしました。疲れていたし、意外にも居心地が良かったからです。我々のうちの何人かは仮眠をとり、何人かは事件について検討してみることにしました。他人の話を聞くばかりで、ろくに推理らしいことが出来ていなかったからです。
事件が起きたのは2011年11月11日午後11時11分。土井やつひは駅からの帰り道で何者かに襲われました。現場近くの住人が、二人の男性が口論をする声を耳にしていました(この住人は2011年11月11日午後11時11分11秒を空中で過ごしており、最高点に達した瞬間に口論が始まったと証言しています。怖くなってテレビの音量を上げたため、その後のことは一切判らないとのこと)。土井やつひは胸や腹など数カ所を鋭利な刃物で刺され、死亡しました。第一発見者は、日付けが変わる直前にたまたま現場を通りかかったサラリーマン。現場には、犯人の遺留品らしき黒髪のカツラが落ちていました。財布などの貴重品が盗られた形跡はありませんでした。盗られていたのは、我々の調査で判明した限りでは、土井やつひがかけていた黒縁眼鏡の左レンズただひとつだけでした。そして、土井やつひの鼻の穴には黒マジックで落書きされたような跡がありました。
「黒髪、黒縁眼鏡、黒マジック。黒、黒、黒」
推理の糸口をつかみかけたかのように我々のうちのひとりがつぶやいた時、玄関扉を静かに開けながら「お邪魔します」と遠慮がちな声を出して、若い男が入ってきました。土井やつひの部屋の扉を開け放してあったため、その姿は我々に丸見えでした。
「仮眠されていると聞いていましたので」と男はインターホンを鳴らさなかった理由を述べ、台所に上がって土井やつひの部屋の扉の前に立つと「下の階に住んでいる土井さんの大学の後輩で、遠藤礼といいます」と自己紹介しました。我々のうちの仮眠組もそれで目を覚ましました。「あ、起こしてしまってすみません」と遠藤礼は恐縮して頭を下げました。この遠慮がちな青年が、この後大活躍すると、誰に予想できたでしょう。
「先ほど武蔵さんが家に来まして、これから仕事で夜勤だそうで、私に留守番を頼んで、鍵を渡していったんです」と青年は言いました。「皆さんが帰られたら、鍵をかけといてくれという話でした。皆さんに一言声をかけてから出ようと思い部屋を覗いたら、何人かの方々は仮眠をとられていて、他の方々は額を突き合わせて何やら深刻そうな様子だったそうで、それで邪魔をしてはならないと思い静かに出て来たんだそうです。どうぞ私のことは気になさらないで下さい。むさ苦しいところですが、ゆっくりしていって下さい。私は武蔵さんの部屋にいます。私はひとりでも大丈夫です。武蔵さんは漫画本をたくさん所有しておりまして、先ほど武蔵さんから読んでもいいという許可を頂きましたので。
え?何ですか?土井さんに物々交換の趣味ですか?どうでしょう。私も土井さんとの付き合いは長いのですが、昼飯をおごってもらったり、着なくなった服をもらったり、そういうことはありましたけれど、物々交換ですか、そういった趣味はなかったように思いますけれど、どうでしょう、私が知らないだけで、そういった趣味もあったのかも知れません。
何か事件と関係があるのですか?あ、なるほど。そういうことですか。黒髪のカツラと黒縁眼鏡の左レンズの物々交換ですか、その際に何らかのトラブルが生じた、ということですね。何と言ったらいいのでしょう。残念ながらといいますか、申し訳ありませんがといいますか、それは違うと思います。せっかくの推理を否定してしまうようで非常に心苦しいのですが、黒髪のカツラは土井さんのものだと思います。もちろん実物を見てみないことには確かなことは言えませんが、土井さんは黒髪のカツラをかぶって仕事をしていましたから。なんせ奇抜なヘアスタイルが土井さんのトレードマークみたいなところがありまして、就職活動とか土井さんどうするんだろうと、私たちは噂していたくらいなんです。洋服はどうにでもなるにしろ、髪型はどうするのだろうと。そしたらある日、黒髪のカツラをかぶって現れまして、みんな唖然としたものでした。今ではいい思い出です。それからは黒髪のカツラを愛用しておりまして、アーティスト・土井やつひになる時は、カツラをとっていたんです。それから黒縁眼鏡の左レンズが無くなっていた、という件についてですが、それは最初からありませんでした。そうなんです。土井さんは左目にコンタクトレンズを入れていましたから、眼鏡の左レンズは不要ということで、最初から無いんです。そういうわけなんです。申し訳ありません。
え?これは何の写真ですか?洞窟か何かですか?ああ、土井さんの鼻の穴ですか。確かにマジックで落書きがしてあるように見えますね。確かに不可解です。奇妙です。これについても私に、確かなことが言えるとは思わないのですが、思い当たる節がまったくないというわけではありません。ちょっと待って下さい。必要があって携帯電話を操作しますので。ちょっと待って下さいね。えっと。ありました。これです。ちょっと見て頂けますか。あかるいみらいのブログ、というタイトルで、土井さんはブログをやっていたんです。これは今年の7月17日午後10時45分に投稿された記事です。記事のタイトルは、白髪、となっています。本文を読みます。

最近、白髪が生えてきます。
抜くのはもったいないし、染めるほどでもないので、マジックで塗っています。
鼻毛にも白いのが混じっていて、こっちは塗るのが大変です。
シンナーの匂いをもろに嗅ぐことになるし、手元が狂うと穴のまわりに色がついてしまうからです。
幸い、穴は大きいほうなので、助かっています。

以上です。多分、白い鼻毛をマジックで塗る際に、穴に落書きされたような、そういう跡がついたのだと私は思うんですけれど、あくまで私の勝手な想像ですので、あまり信用してもらっても困るんですけれど、私はそう思います、ということで申し訳ありません」
あまりに謙虚な青年はそう言うと、我々の質問が尽きたことを察したのか「それでは、失礼します」と頭を下げて、唖然とする我々の視界から消えました。

翌15日、我々は携帯電話の着信音に叩き起こされました。場所は土井やつひの部屋でした。我々は一泊することにしたのです。出前を頼み、風呂にも入りました。下着も借りました。電話は署からで「犯人が自首した。すぐに署に戻れ」という内容でした。
我々はタクシーに分乗して署に行きました。そこに犯人が待っていました。知らない男でした。
「私が犯人です」と言って、男は何のつもりか頭を下げました。「私は先日、11月11日の夜、土井紀隆さんを殺しました。会社に行きたくないので、自首しました。望月翔です」
今にも「よろしく」と言って手を差し出してきそうな男を見ながら、我々はがっかりしていました。ふて腐れてもいました。犯人の前なら別に構わないだろうと、あからさまに大きなため息をつきました。胸のムカつきをそうやって体外に排出しようと試みたのです。多少の効果はありました。
我々の捜査は無駄足だったのです。公園のベンチやネットカフェなんかでサボっていてもよかったのです。自首するタイミングも悪すぎます。すぐ自首するか、そうでなければ我々が見つけ出すまで待機しているべきだったのです。こんな中途半端なタイミングで出てくるなんて、と不機嫌極まりない我々に、しかし望月翔はひるむことはありませんでした。
「いきなり私が犯人ですなんて言われても、何のことやら、と困ってしまわれることでしょう。言い訳をするつもりはありません。ちゃんと説明します。人を殺した人間には見えないかも知れませんが、今の私はキャラクターを演じているのです。本当の私はこんなにハキハキとものを言いません。しかし今はちゃんと自分のやったことを皆様に伝えなければならない場面ですので、仮面をかぶっているのです。その点、ご理解下さい。
さて、私がなぜ今日、15日の朝に自首したか、まずはその理由を説明させて下さい。それには10日、事件発生の前日から話をはじめなければなりません。11月10日、私は会社に電話し、体調がすぐれないことを理由に、仕事を休みました。翌11日も、同じ理由で休みました。12日は土曜日、13日は日曜日で、会社は休みでした。当然私も休みました。週明けの14日月曜日、私は会社を無断欠勤しました。前日の夜、上司から電話があり、その時は明日は出社しますと約束していたのですが、行きたくなかったのです。約束したのも、実際は電話を切りたかったからで、行ける気はしていませんでした。上司から電話があり、怒られました。心配され、なだめられ、励まされ、明日は必ず出社しますと約束しました。今日、私は会社に行こうとしました。ですが、やはり行きたくなかったのです。もう上司に怒られるのは嫌でした。それで、自首して逮捕してもらえば、もう会社に行かなくてもいいのだと、気付いたのです。それで今日、15日、こうやって自首したというわけです」
我々は望月翔の話をろくに聞いていませんでした。他人の話に耳を傾ける精神状態になかったからです。それに正式の供述書を作成する時に、望月翔にはもう一度、最初から話してもらうことになるのです。話を聞くのはその時でも遅くはないのです。
「さて、ここからが本題です。フライパンはあたたまりました。準備万端です。
私は、いつからか、そしてなぜなのかも定かではありませんが、いずれ自分はホームレスになってしまうのではないか、という不安というか強迫観念を抱いています。10日、体調がすぐれないと電話して会社を休んだ日、私は自分がホームレスに一歩近付いたと感じました。ホームレスになる人は、私は優しい人だと思っています。優しいからホームレスになるのです。優しくなければ、ホームレスではなく、犯罪者になると思います。10日、私は一日中、家にいました。収入がなければホームレスになるしかありません。ホームレスになりたくなければ、金を稼がなければなりません。会社を辞めて、どう稼ぐか、それを考えていました。犯罪以外にありません。11日、私はまた会社を休みました。本当に自分にできるか、会社を辞めても、稼げるか、試してみることにしました。
夕方、私は適当に財布から小銭を掴んで、10代の頃に買ったきり一度も使ったことのないナイフを持って家を出ました。最寄駅で握りしめていた小銭全額420円分の切符を買い、行けるところまで行きました。見知らぬ駅に降り立ち、駅から出た私は一文無しで、ナイフだけを持っていました。土井紀隆さんとは面識はありませんでした。今朝、自首すると決めて、あわててインターネットで調べて名前を知ったくらいなのです。12日、13日、14日と、私はまったくニュースを見ませんでした。いわゆる心神喪失状態だったのです。もしかしたら今もそうかも知れませんし、事件の前からそうだったのかも知れません」
我々は完全に放心状態で、望月翔の声はまったく耳に入ってきていませんでした。何分が経過したかは定かではありませんが、我々に多少なりとも意識が戻ったのは、望月翔が乾いた血がこびりついたナイフを机の上に置き、それから着ていたジャンパーを脱いで、乾いた血がこびりついた裏地が見えるように、ナイフの横に置いた時でした。
「私が犯人だという物的証拠です」と望月翔は言いました。「私は心神喪失状態で、これらを処分する気力さえなかったのです。ナイフについた血を洗うこともできませんでした。土井紀隆さんの返り血を浴びたジャンパーは、リバーシブルでしたので、ひっくり返して着て帰りました。思わぬ抵抗にあい、とにかく現場を去ることしか考えていなかった私に、財布を抜き取るような余裕はありませんでした。家には歩いて帰りました。何時間かかったかは憶えていません。少なくとも夜が明ける前には家に着きました。すぐ寝ました。以上です」