52 仮面

朝子は小学校の元校長先生だった。定年退職して数年がたち、現役時代に否応なしに身につけざるを得なかったいかめしさの仮面は、その顔からあらかた剥がれ落ちていた。仮面が剥がれ落ちたことで、顔には少女時代以来となる、彼女自身の持って生まれた奥ゆかしさ、かわいらしさが現れていた。

仮面にひびが入り、その破片が剥がれ落ちる度に、彼女は丁寧に拾い上げ、ひとつ残らず宝箱に入れて大切に保管していた。彼女は長時間の昼寝をして眠れない夜などに、宝箱を開けて破片をひとつずつ取り出しては、その瑪瑙のような色彩、ゴムのような質感、都道府県のような形状を、指先と網膜で、心ゆくまで堪能するのだった。

それに飽きると、パズルの要領で、ひとつひとつ組み合わせてみる。破片の数々が組み合わさるにしたがい、次第に「節分の豆まきの鬼のお面」にでも使えそうな、いかめしい形相が浮かび上がり、それがかつての自分の顔なのだと思うと、こんな顔をして懸命に生きていたかつての自分に、よく頑張ったと声をかけてやりたい気分になった。そして世間の荒波にもまれながらも、無垢な素顔を隠し持ったまま生き抜いて、穏やかで柔和になったいまの自分があることが、またとない奇跡のように思えて、安堵と、自然や神といった、何か大きなものへの感謝の吐息をもらすのだった。

組み立てられた仮面には、一部欠けている部分があり、その部分はまだ剥がれ落ちずに、彼女の顔に貼り付いていた。最後の破片が剥がれ落ちて、仮面が完成した暁には、この自分が生きた証を、彼女はどこかの美術館に寄贈しようと考えていた。眠る前、目を閉じると、美術館の白い大きな壁の中央、ちょうど目線の高さに、ぽつんと展示された仮面が瞼の裏に浮かび上がり、この作品にどんなタイトルを付けようか、と考えることが、彼女の密かな楽しみなのであった。