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0 穴

カーくんの父ちゃん母ちゃんが交通事故で死んだってのは聞いていたけど、うまく実感がもてなかった。小学中学とカーくんとは親友みたいな付き合いだったけど、高校で別々になってからは僕もカーくんも新しい環境でそれぞれやっているうちに会わなくなっていたから。
それが夏休みに僕がはじめてできた彼女と土岐川の花火大会で焼きトウモロコシを食べながら提灯とか電飾とかの中を歩いているとカーくんも彼女みたいなのを連れて歩いててばったり出くわした。
それが夏の頭で僕はいきなり彼女にふられて傷心って感じでカーくんの家に遊びに行くと、やっぱりショックを受けた。ほんと大衆食堂って感じの国道沿いの店がカーくんの家なんだど、もうボロボロだった。黄色っぽい弱った雑草が駐車場の割れ目から伸び出ているし、背後の何となく元気のない山が迫ってきていて家はその一部分になろうとしているみたいだった。
国道沿いだけあって車はびゅんびゅん通って、排気ガスも夏の強い陽射しに押されて地面を這っていた。日中の焼きただれそうなアスファルトを冷やすものは何もなく、店の看板は取り払われ、あるものは色あせ埃をかぶり、電球は切れたまま放置されていた。

カーくんと一緒にいた女が結局誰なのか分からなかったが、僕は夏休みだったしカーくんの家に住みついて、だらだらしていた。
ボンゴはカーくんの友達って話だったけど、こいつもよく分からないやつであまり喋らなかった。なぜボンゴと呼ばれているのかも不明。
大衆食堂の国道が見える窓際のボックス席に座って天井すれすれに設置されたリモコンなしのテレビなんかを見ていると、カーくんが厨房で作ったホットケーキなんかを持ってきて、コーラと一緒に胃袋に流し込んでいた。
僕とボンゴがトランプをしていると、どこかに出かけていたカーくんが戻ってきた。何をしに行ったのかは分からなかったが、駅に行ったことは確かだった。カーくんは僕とボンゴが座っているテーブルに来ると、トランプをやっているのか、みたいな感じで見たけど、実はそんなのには興味はなくて、「前さ、白豚って呼ばれてたやついたろ?」と言った。
僕はカーくんを見た。カーくんはにやついていた。「白豚さんなら覚えてるよ」と僕は興味なさそうに言ってからいらないカードをテーブルに捨てた。
「すごい変わってたぞ」とカーくんは言った。
やっぱり興味なさそうに「顔が緑色にでもなっていたのか?」と聞くと
「まあそのくらい変わってた」とカーくんは言った。「駅でいきなり声かけられて、誰かと思ったら白豚さん。びびったね」
「どう変わってようが、白豚の過去を持つ女には興味ないね」

夜になるとカーくんの家はE.ホッパーの絵みたいになる。真っ暗な中に電気の灯りだけが窓の形に切り取られる。
写真はたくさんあるけどエロ本じゃなくてちゃんとした雑誌を見ていると出入口扉が開いた合図のカランカランという鈴の音が聴こえた。たまにわけの分からない客が来るのだ。僕は「ここやってないよ」と映画俳優みたいに扉には目もくれずに言った。これだけですんなり出てってくれればちょっとは様になるんだけど出て行く様子がない。視線をあげると目の前のボンゴが口をあんぐりあけて放心していた。何だって感じに扉の方を見ると、女が立っていた。
僕も多分ボンゴと同じ顔をしていたのだろう。女は僕を見て、それからボンゴを見て、あれ?という顔をし「私のこと分からないみたい」と言って微笑んだ。
厨房で食器を洗っていたカーくんが店内の様子に気付いて飛んで来た。そして「ユーちゃんよく来たね」と微笑んだ。
僕もピンク色の油の染みだらけのソファから飛び起きて「よく来たねユーちゃん」と微笑んだ。
白豚さんはすごいきれいになっていた。

ボックス席にカーくんと白豚さんが並んで座り、向かいに僕とボンゴが座った。昔の話で盛りあがり、カーくんの父ちゃん母ちゃんの話で盛りさがり、でもとても楽しいひと時だった。時間的にちょっとあやしくなってきた。
「よかったら泊まっていけば?」と僕は自分の家のように言った。「どうせ部屋空いてるし、布団もあるし、オバケも出ないし、おれたち変なことしないし」
そんな話をしていると国道から一台の車が勢いよく店の駐車場に入って来た。
「まただよ」と僕は言って「分かりそうなものだけどな」と立ちあがって追い返しに行こうとした。
すると、ユーちゃんが「もう帰らなきゃ」と言って僕を制し扉の方にかけ外に出た。
少し呆気に取られていると車の中から背の高いがっしりしたいかつい男が出て来た。
カーくんは立ちあがって後を追った。
男はユーちゃんの手首を乱暴につかむと引っ張り助手席に押し込み、自分も運転席に回り込み乗り込むと乱暴に車をバックさせた。車はUターンして国道を走り去った。
カーくんは一歩およばなかった。
僕もその頃には店の外に出ていた。
「何だよあいつ」とかと文句を言いながら僕とカーくんは店に戻った。

翌日、いつものようにだらだらと天井すれすれに設置されたテレビで甲子園なんかを見ていると店の扉付近にあるレジの横の電話が鳴った。出るとユーちゃんだった。
カーくんは駐車場にいた。ツルハシで穴を掘っているところだった。
昨夜カーくんは「あの男今度来たらぶっ殺してやる」と言っていた。
僕も調子に乗って「でもかなりいかつい男だったぞ」と言うと、
カーくんは「落とし穴を掘ればいい」と言った。
冗談と思っていたが翌朝、僕とボンゴはツルハシがアスファルトにぶつかるカーンカーンという音で目を覚ました。ボンゴの脚が腹に乗っていてそれをどけてカーテンをあけるとまともに陽射しが入ってきた。部屋は二階で窓の下に駐車場が見える。カーくんがツルハシで土を覆ったアスファルトを叩いていた。
店内のボックス席についてしばらくカーくんを見ていると飽きた。カーくんもすぐに飽きるだろうと思った。僕は「ユーちゃんから電話」とカーくんを呼んだ。
カーくんは汗を拭いながら店に入ってきた。カーくんの近くにいると暑かったからボックス席に戻った。カーくんはしばらくユーちゃんと話していた。というよりはずっとうなずいたり相槌を打ったりしていた。それから「分かった。じゃあね」と言って電話を切った。
「ユーちゃん何だって?」と聞くと
カーくんは「ユーちゃんも協力してくれるって」と言ってまた外に出て行った。

駐車場でボンゴとキャッチボール。
アスファルトは厚さ5センチ程度でしばらくすると土が見えた。そこからは「テコの原理」でアスファルトは簡単に剥がれていった。
「手伝おうか?」と気楽に言うと
「いや。これはおれの仕事だから」ときっぱり断られた。
「それならオムライス、作ってくる」と言うと
「それは助かる」とカーくん。
僕はボンゴと店に戻って厨房でオムライスを作った。オムライスはご飯を炒めて卵でくるめばいいだけだから簡単に作れる。
カーくんは穴を掘り続けた。毎日掘っていた。そのうちツルハシを使うことができなくなった。体の半分が穴の中に入りツルハシを振りかぶっても振りおろせないのだ。
「そろそろいいんじゃないの?」と声をかけると
「いやまだまだだ」とカーくんは言った。「こんなんじゃすぐ這いあがってくる」
日に日に穴は深くなっていった。今では脚立を使って穴の底に下りスコップで穴をさらに深く掘り下げていた。掘った土はバケツに入れていちいち上まで持ちあげていた。

僕とボンゴは食事担当になっていて食事ができるとカーくんを呼んだ。穴は上から見た感じだと10メートルはあるような気がした。でも10メートルだとビルの三階に相当するわけだからそこまで深くはなかった。
朝から雨が降っていた。穴はベニヤ板とビニールシートで覆われていた。久しぶりの休日といった感じだった。
「あんなに深い穴に落ちたら死んじまうぞ」と僕は言った。
「それが目的だからな」とカーくんは言った。
「いくらなんでも殺すのはまずいだろ」と僕は言った。
「それなら下にトランポリンでも置いとくか?」とカーくんは言った。
「そうしろよ」と僕は言った。「やつは穴に落ちた瞬間死の恐怖に襲われる。だがすんでのところでトランポリンに救われる」
「で、土に埋められて窒息死する」
「窒息死はまずいだろ」
「じゃあ酸素ボンベでも置いとくか?」
「そうしろよ。やつはトランポリンに救われたと思った瞬間、生き埋めの恐怖に襲われる。しかし酸素ボンベに救われる、と」
「で、這いあがってきたところをスコップの一撃を食らって死ぬ」
「やっぱり死ぬのかよ」
「それだけは譲れない」
「そこを譲んなきゃ刑務所行きだぞ」
刑務所と言って間が抜けているような気がした。
僕は気を取り直して「墓穴を掘るって言うだろ?」と言った。「お前も自分の掘った穴に自分で落ちるなよ」
ボンゴが食べていたオムライスを喉につまらせゴホゴホと咳き込んだ。



夏の終わり。
ユーちゃんと僕とボンゴは穴の前に立っていた。
穴を見つめていた。
カーくんが掘り、カーくんが落ちた穴だ。
カーくんは足の骨を折り、ただ今入院中。