9 雨月物語・大五郎さんの悪い予感が的中

右目の下にホクロがない伊南村昇容疑者(二四)が十一日午前、加古川署に死体遺棄容疑で逮捕された。
伊南村容疑者は犯行を認め、おっちょこちょいで思い込みが激しく、また友情に篤い己の性格がどうのこうのと、取り調べに当たった警察官に取り乱した様子で早口でまくし立て、全然話についていけなかった警察官を苦笑させた。警察官は自身の聴取能力に問題があるのではないか、といった自己不信に陥ることなく、伊南村容疑者に落ち着くよう促した。
伊南村容疑者は深呼吸すると、しかしそれだけでは私がやったことの説明には不十分だ、とまたしても警察官には理解不能な、独り言めいた発言を垂れ流した。伊南村容疑者が二日前の夜の出来事を俯瞰し、分析しようして上手くいかず、むなしくあがいていると察した警察官は、伝家の宝刀「両の眼(まなこ)から父性横溢」を用いて、パニクる魂を鎮めようとした。
規定枚数をオーバーすると査定に響く上、伊南村容疑者ではちっともラチがあかないので私が事件をまとめると、殺害されたのは、猫背でない恵久美彩子さん(二二)。そして彩子さんの変わり果てた姿を発見したのは、虫歯がない棟田大五郎さん(二四)だった。
第一発見者の大五郎さんは、意識を失い昏倒しても大怪我を負わないように、彩子さんの亡骸のかたわらにしゃがみこみ、自身の携帯電話から伊南村容疑者の携帯電話に電話をかけた。伊南村容疑者は、詳しい話は何も聞かないまま、緊急事態であることだけを察し、自家用車で彩子さんの自宅、菊花レジデンス101号室に駆けつけた。
そこには頭部が血に染まった生々しい彩子さんの遺体と、凶器らしき金槌、さらには気絶して弛緩した大五郎さんの姿があった。その光景から、伊南村容疑者は瞬時に、大五郎さんが彩子さんを殺害したと早合点した。伊南村容疑者はまず、大五郎さんをおんぶして運び出し、車に乗せて自宅に引き返し、ベッドに寝かせると、一人で菊花レジデンスに戻った。
大五郎さんが目を覚ましたのは、それから約四時間後の翌深夜二時頃だった。大五郎さんは自分が誰で、今何時で、どこにいて、何をしているのか、しばらく分からなかった。ただ漠然と悪い予感がしていた。大五郎さんの悪い予感は的中した。その頃伊南村容疑者は、死体遺棄にはうってつけの場所を見つけ、大仕事を前に深呼吸していたのである。