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18 原風景・傷物語

S君の頭には傷があります。右耳の1センチほど上に縦2ミリ横1センチほどの細長い傷です。髪をかき分けるとそこだけ毛が生えていないので、誰にでも簡単に確認できます。S君は「ほらここ」と言いながら僕にもその傷を見せてくれました。
そしてその傷にまつわる物語を話してくれました。僕には正直どう解釈したらいいのか分からない話でしたが、とりあえず聞いたままを記したいと思います。
そもそもS君にはその傷がいつできたのか、記憶がありません。その傷にまつわる物語を、S君はS君の母親から聞いたのです。
S君の母親はS君がお腹の中にいる時に、近所で火事を目撃しました。S君の母親が第一発見者でした。当時はまだ携帯電話が一般には普及していませんでした。そのため公衆電話から119番通報しました。その後、鎮火を見届け、家路につきました。そしてふとあることに思い至り、ポケットに手を差し込んだS君の母親は、そこになければならないものがないことに気がつき、呆然と立ち尽くしてしまいます。そこになければならないもの、それは手鏡です。本来ならば、手鏡を、鏡面を外に向けてポケットに入れておかなければならなかったのです。外の世界の災いがお腹の中の子供にふりかからないように、鏡に跳ね返してもらうためです。
S君の母親は不安な日々を過ごしました。そしてS君を出産しました。S君の母親はS君の体をくまなく調べました。そして安堵しました。頭に小さな火傷のような傷跡があるだけで、他に異常らしきものは見当たらなかったからです。