23 人に信用される人の話し方

「人に信用される人の話し方」の著者が自著の読者に騙される事件が発生した。
著者兼被害者のアラフォーの冴島智香は、フリーアナウンサー兼マナー講師でもあった。日曜日の午後三時頃、自宅マンションを出たところで男に声をかけられた。
「私は小学校の先生でクエンティン・タランティーノと申します。実はあなたのお子様が今日の授業中に忽然と姿を消しまして、教職員総出で捜索しましたが見つかりませんでした。捜索には金がかかります。お子様を見つけるにはケチケチしていてはいけません。百万円用意してください。事態は一刻を争います。今すぐお願いします」
そう言われた冴島智香は自宅マンションに戻り、ヘソクリを掻き集め、現金百万円を男に渡した。
男は金の勘定をすると「確かに」と言い残してその場を立ち去った。
冴島智香が「おかしい」と思ったのは同日午後九時頃、自宅マンションのお風呂に浸かっている時だった。
「今日は日曜日、学校はお休みのはず。名前も変だった。それに私に子供はいない。何から何まで変だ」
冴島智香が警察に被害届を出したのは翌月曜日だった。
自宅マンションを出る前、一階エントランスのメールボックスをチェックすると、一枚の紙切れが入っていた。紙切れには、手書きの文字が走り書きされていた。「クエンティン・タランティーノ」からの感謝状だった。
「あなたの著書のお陰です。感謝します。」
冴島智香は自分が書いたものが人の役に立ったと知って、うれしかった。被害届を出すのを取りやめようかと一瞬迷ったが、プロモーションにもなるし、と思い警察署までの道を、うきうきした気分で歩いた。ヒールが軽快なリズムを刻み、ランウェイを颯爽と歩くスーパーモデルにでもなったかのような気分だった。あまりにも気分がいいので、勢いそのままに駆け出した。激しい全身運動によって、呼吸は乱れに乱れたが、構わず走り続けた。細胞という細胞が、歓喜の雄叫びを上げているかのように、躍動した。気持ちよすぎて、歌でも歌い出しそうだった。