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26 阿呆物語


自称軍事アナリストのa君はある日の夕方、潜入した小便臭い反社会的集団のアジトで身柄を拘束された。
Xを首領とするこの集団はX、触、覚両氏の三名で構成されていた。
a君は黄と黒の縞模様のトラロープで両脚、腹、胸をぐるぐる巻きにされ、両手にはプルタブをあけたばかりの中身がたっぷり入ったC.C.レモンの缶を握らされ、触、覚両氏によってドブネズミとして首領Xの前に突き出された。
「リーダー。こんな扱いは無いです」a君は恭しくXに訴え、さらに「これが高貴な人物に対する最高のおもてなしだとリーダーがお考えでしたら、僭越ながら、私はリーダーに礼儀作法をお教えする先生に立候補させて頂きます」とぎこちないながら自己アピールすることも忘れなかった。
Xは興味をもったらしく「ホッホー」と上機嫌にフクロウの鳴き真似をすると「教えて頂きたいものだ。その最高のおもてなしなるものを」とa君に言った。
Xの言葉に、a君は喜び、最大限に赤面した。
しかし口とは裏腹に、最高のおもてなしなるものを教えて頂く気などさらさらないのか、Xは、続けて「君の大好物は何だ?」といささか唐突ともいえる質問をした。
それに対してa君は、即座に「カレーライスです」と小さな声で、恥ずかしそうに答えた。
その慎ましい姿に好印象を抱いたのか「よし!」とXはドブネズミの返答に合格点を与えると、触氏に命令した。「カレーライスを三人前、テイクアウトして来い!」
a君は先ほど赤く染めた頬を少し持ち上げると「三人前?四人前ではなく?」とつぶやき、何かに気付き、急に我に返ったかのようにさっと青ざめて「いけませんリーダー!」と叫び声を上げた。「あなたがたの懐具合について、私は存じ上げないのですが、かなり苦しいのでしょうか?このような小便臭いアジトに居座っているということは、おそらくそうなのでしょう。しかし、だからといって、私のためにリーダーが空腹に耐えるなんて、私には耐えられません!」
Xは首をねじって唇を尖らせると「何か勘違いしているようだ」とぽつり、独り言をつぶやいた。
「勘違い?」 耳を鬼にしていたa君はXのつぶやきを反復、自問し、次の瞬間雷に打たれたかのような衝撃を受け、再び大きな声を上げた。「まさかリーダー! リーダーと私とで一皿のカレーライスを半分こするおつもりですか?」
Xは王位簒奪者マグベスのような爛々とした瞳を剥き出しにし、a君の目玉をくり抜かんばかりの勢いで睨みつけ、哄笑した。「馬鹿者! 誰がお前に食わせるなどと言った? お前の大好物を、お前の目の前で、俺たちが食うのだ!」
嗚咽のなか、a君はやっとこれだけ言うのが精一杯だった。「リーダー。リーダーの意地悪!」

ゴッホン!」
耳障りな咳払いが、a君とリーダーの愛憎劇(情念のドラマ)に水をさした。咳払いの主は触氏であった。
「リーダー」触氏は言った。「先ほどリーダーは夢か嘘か幻か、偶然か気まぐれか、はたまた生来の軽率さからか、私にカレーライスを三人前、テイクアウトして来いと命令されましたが、私は使い走りなど真っ平ご免です。リーダーもご存知かと思いますが、私はもう使い走りなどをする年齢ではありません。命令の撤回を要求するとともに、使い走りはドブネズミにこそふさわしい仕事であると進言致します」
これを聞いてa君が黙っていられるはずがない。
ここにa君と触氏の「使い走り論争」が勃発した。
「馬鹿も休み休み言え!」a君は断固とした口調で触氏に挑みかかった。「脚と腹と胸をトラロープでぐるぐる巻きにされ、両手には中身がたっぷり入ったC.C.レモンの缶を握らされ、こんな状態でどうやって使い走りをしろというのだ!」
「そんなのは言い訳にすぎない!」触氏も負けてはいなかった。「本当は迷子になるのが怖いのだろう! 二度とここに帰り着けないのではないかと不安なのだろう!」
「迷子なんか」図星だったのか狼狽し、a君は叫んだ。「迷子なんか怖いものか!」
「ちょっと待て!」
Xが火花を散らす二人の間に割って入った。そして何か言おうとしたが、そんなXを蹴散らして、強引に割り込む者がいた。覚氏である。
「信じられません!」覚氏はなりふり構わず叫んだ。「リーダーの命令に従わないなんてリーダーが可哀相です!」覚氏は涙を流した。「二人が行かないのであれば私が行きます! 言い出しっぺのリーダーが自分で行くのが筋だとは思いますが、リーダーにそれを期待しても無駄なことくらい私は承知しております! 私が行きます! 私が行くしかありません!」
「行ってくれるか?」
「行きます!」
「それでこそ部下の鑑だ!」
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい!」
「ただいま!」
「おかえり!」

部下の鑑がテイクアウトして来たカレーライスを三人が食うのをただよだれを垂らして見ているだけのa君でも、見まいとしてかたくなに目をつぶっているだけのa君でもなかった。
a君は考えていた。
「両手が自由に使えれば、ロープをほどき、踊り出て、鑑じゃない方の部下を殴り倒し、カレーライスを強奪するところなのだが」
a君は恨めしそうに両手に握らされたC.C.レモンの缶を睨みつけた。その時、a君を悩ませていた「知恵の輪」が不意にとけた。
「なんのことはない。缶を空っぽにすればいいんだ!」a君は興奮し、心の中で叫んだ。「中身を飲んでしまえば、缶を投げ捨てられる! ちょうどいいところにソファがあるし、あのソファなら空缶に体当たりされても文句ひとつ言わないだろう!」
善は急げとばかり、缶に口をつけたa君は蒸せ返った。今、はじめて見るかのように驚きに目を見張り、缶を睨みつけた。
「炭酸飲料水じゃないか!」
a君は炭酸飲料水が大の苦手だった。a君は地団駄を踏んで悔しがった。そうこうしているうちにも時間は刻々とすぎ、かつてはカレーライスで賑わっていた皿も今や見る影もなくなり、三人は満腹、a君はがっくり肩を落とした。
ふらふらしてきたa君は転倒のおそれがあると判断され、触、覚両氏によって腰を、天井から吊るされたサンドバッグに縛りつけられた。
牛になりたくない三人は、アバのベストアルバムで踊り出した。
アバの曲を聴くと、a君は急に元気を取り戻し、踊りたい気分になったが、これにも参加を許されず、唇を噛みしめるしかなかった。
夜もふけ、電気を消すと、一日の終わりに、三人は思い思いの場所に横になり、眠りについた。

a君は眠たかったし、眠りたかったが、眠れなかった。眠っても両手が握る缶を落とさない自信がなかったのである。眠りたい。休みたい。横になりたい。
a君は祈った。切実に祈った。
切実に祈れば、祈りは叶えられるものらしい。
a君はひらめいたのである。
「あれからもう随分時間がたつ。炭酸の気はもう完全に抜けているに違いない」
a君は右手の缶を鼻先にもっていき、匂いを嗅いだ。「いける」a君はそう判断し、缶の口を唇に当てると「ゴクゴクゴク」と右手の缶の中身を一気に飲み干した。
そして、続けざまに左手の缶に取りかかろうとした途端、身悶えた。
突発的かつ強烈な尿意に急襲されたのである。
左手の缶どころではなくなってしまった。
a君は身をよじりながら考えた。
「どうしたらいいんだ? 物凄い尿意だ! すでにチンチンの先端までオシッコが来ているぞ!」
こういうのを「火事場の馬鹿力」というのだろうか。a君はひらめいた。
a君は右手の空缶を左脇に挟むと、右手でズボンのチャックをあけ、チンチンを取り出し、左脇の空缶を右手でつかむと、缶の口をチンチンの先にもっていった。まさに「飛ぶ鳥を落とす勢い」で膀胱から缶の中に居場所を求めての尿の大移動をはじまった。尿の音はうるさいくらいだったが、この際構ってはいられなかった。眠る三人の夢に突如、巨大な滝が現れ、彼らは驚いたに違いない。射精をしているような気持ちの良さに、a君はうっとりとなった。しかしそんな「尿意の果て、至福の時」は長くは続かなかった。尿が止まる気配がないのである。
「落ち着け。大丈夫だ」
a君は自分に言い聞かせた。
「焦る必要はない。心配するな」
a君は自分のとるべき行動を心得ていた。
「俺にまかせろ。今だ」
a君は缶から尿が溢れ出す寸前に尿をぴたりと止め、左手の気の抜けたC.C.レモンを「ゴクゴクゴク」と一気に飲み干した。そして空いた缶の口をチンチンの先にもっていき、再度放尿した。さすがの尿もこれには参り、やがて息切れした。
ほっと一息つき、胸を撫でおろしたa君は、日頃の習慣でチンチンをしまおうとして、戸惑った。そして、しまえないことに気がついた。両手はおしっこの入った缶を握っており、その他に手はないのである。もちろんa君は考えた。考えに考えた。しかし万事休す。考える力が萎え、諦めてしまった。誰もが言うように「諦めたらそこで終わり」なのだ。

一睡もできないまま、夜は白みはじめた。
一人が目を覚ますと、その気配を察してか二人目が起き、しばらくして三人目が産声を上げた。
新しい一日のはじまりである。
まだ誰が誰だか分からない時間帯、自分が誰かすら分からない時間帯、それだから誰がa君のチンチンがズボンのチャックから飛び出しているのを発見したかなんて分かりようがないし、そもそもそんなことはどうだっていい。
しかし、これ(a君のチンチンがズボンのチャックから飛び出している事実)は大問題である。
騒然となった。
「一体どういうことだ!」Xはa君のチンチンを凝視した。そして言い放った。「考えられることはただひとつ!」Xは早くも答えを弾き出した。「お父さんがこんな状態では将来に期待がもてないと悲観した息子さんが家出を試みたのだ! その試みは失敗に終わったようだが」
a君のチンチンを穴があくほど見つめていた触氏が、射抜くような視線をXに向けた。「そんな馬鹿な!」信じられないといった表情で、Xに憤りをぶつけた。「お父さんがこんな状態だからこそ一緒に頑張る。それが親子のあるべき姿でしょう!」
「あるべき姿など今は問題ではない!」とX。「俺は現実に何が起こったか、それを問題にしているのだ!」
「それでは私も現実に何が起こったか、それを問題にしましょう!」と触氏。触氏は苦虫を噛みつぶしたような表情で、唇を舐め、そして言った。「遺憾の極みではありますが、私は息子さんがお父さんに代わって我々に立ち向かおうとしたのだと考えます! ぐっすり眠っている我々を急襲しようとしたのです! その試みは失敗に終わったようですが」
「んんん!」Xは歌舞伎役者を思わせるうなり声を上げ、腕を組み、表情を険しくした。

最後に発言したのは覚氏であった。覚氏はまず「お二人の考えはあまりにロマンチック、非科学的です」と指摘した。そして「私はお二人とはまったく異なった解釈をします」と宣言すると、自説を述べた。覚氏の声には、真実を告げ知らせる清澄な響きがあった。「私は誰かがフェラしたのだと考えます。夜中にむっくり起き上がった誰かが、彼のズボンのチャックをあけ、チンチンを取り出し、チュパチュパ したのだと。なぜなら、どんなに器用なチンチンでも、それ自らの力でパンツをくぐり抜け、ズボンのチャックをあけ、外に飛び出すなどといった芸当ができるとは考えられないからです」
「誰かとは誰だ!?」明らかに驚愕したXが叫んだ。「お前、犯人及び犯行の一部始終を目撃したか又はお前自身が犯人で先に述べたようなハレンチ行為に及んだのか!?」
「いえ。私はぐっすり眠っていましたので、何も目撃していませんし、どのような行為にも及んでいません」と覚氏は素直に答えた。
「私もぐっすり眠っていました」とすかさず触氏が続いた。「ということはリーダー、あなたが犯人ということになります!」
「馬鹿な!」驚愕の事実を突きつけられ、Xの目玉が飛び出した。
「消去法によって真実は明らかです」触氏は冷静に判決を下した。「犯人はリーダー、あなたです!」
「濡れ衣だ!」Xは醜くあがいた。そして嘆願した。「信じてくれ!」
「リーダー」覚氏が助け舟を出した。「ここは被害者本人に直接聞くのが真相解明への一番の近道だと思われます!」
藁にもすがる思いのXは、覚氏の出した助け舟に乗り込むと「おいウスノロ!」とa君をウスノロ呼ばわりした。そして「お前を蹂躙したのは誰だ!? その者の名を言え!」と凄んだ。
「黙秘します」縛られて、立ちっ放しで、一睡もできず、両手の缶は今や石のように重たく感じられてつらいはずなのに、a君の声は、力強い、断固としたものであった。
Xは電線にとまった鳩に糞をひっかけられたかのように怒り狂った。顔を茹でダコのように真っ赤にして「俺に恥をかか」しかし最後まで言えなかった。
「リーダー」Xを尻切れトンボにしたのは覚氏であった。「やつを弁護する気など毛頭ありませんがやつはリーダーに恥をかかせる気など毛頭ないはずです。なぜならやつはリーダーに心酔していますから。ただやつは当然認められてしかるべき黙秘権を行使したまでであり、その実やつ自身も誰にフェラされたか分かっていないだけの話なのです。暗闇では犯人の顔の識別は不可能ですから。そこで提案です。やつに目隠しをつけ、昨夜と同じ状況にし、次に我々三人がジャンケンをします。勝ったやつからやつのチンチンをフェラするのです。やつは昨夜の感覚をたよりに何人目のやつが犯人か暴露します」
「な、な、な、なんという素晴らしいアイデアだ!」

というわけでa君は目隠しされ、フェラされた。これは地獄だった。容疑者三人は真剣そのもので責め立ててくる。しかしa君は誰が犯人か分からない。適当に二人目のやつだとか言ってそれがリーダーだったらシャレにならない。それで「分からない」を繰り返していた。そのたびに彼らはジャンケンをやり直し、またフェラしてくる。その繰り返しだった。フェラ男たちの喉はカラカラに乾いてくるし、a君のチンチンは消耗しまくっていた。a君の感覚ではチンチンは女の乳首くらいの大きさになっていた。それを口に含むフェラ男たちはさながら赤ちゃんだ。女なら乳首はふたつあるし、犬ならもっとある。それなのにa君にはひとつしかない。それを三つの口の餌食にされているのである。
両手の缶を床に叩きつける衝動に幾度駆り立てられたことか!
しかし人生とは不思議なものだ!
何が好転のきっかけになるか分かったものじゃない!
a君は苦痛、消耗、恐怖の臨界点で叫んだ。「俺は苦痛じゃなかった!」
この叫びか状況を一転させたのである。a君に狙いはなかった。悲しかった。痛かった。泣きたかった。そしてひとつの願いがあった。「もうフェラはやめてくれ!」しかしそう言うと角が立つので「俺は苦痛じゃなかった!」という謎めいた、遠回しな言い方になったのだった。つまりは「俺は昨夜誰か分からないが誰かにフェラされたが苦痛じゃなかった。俺は被害者じゃないんだ。ということは加害者も存在しない。したがってこんなふうに犯人探しをする必要なんてないんだ。だからもうフェラはやめてくれ」という意味だった。歓声が上がった。三人は即座に理解したのである。a君はこんな展開になるとは夢にも思っていなかった。a君は見事、サクセスしたのである。目隠しを外されると、リーダーがこう宣言した。
「今、この瞬間から、お前はアナ男だ!」
a君が彼らの一員になった瞬間だった。両手の缶を取り上げられ、巻きつけられていたロープをとかれ、衣服を剥ぎ取られ、四つん這いにされ、犬の首輪を首にはめられ、首輪からのびた鎖は一本だけ残るボクシングリングの支柱にくくりつけられた。
「アナ男」の「アナ」は「アナル」の「アナ」だった。
a君は肛門要因でX、触、覚両氏の性処理機械だった。定期的に餌を与えられ、a君は手を使わず鼻を突っ込んでムシャムシャ食った。そしてアナ男としての仕事を実直かつ存分に果たした。しかしa君がこの地位に100%満足していたと考えるのは大間違いだ。というのはa君は自分の能力のすべてを余すところなく存分に発揮しているとは考えていなかったからである。
その機会が訪れた時、a君に迷うところはなかった。
それは雨が一週間も降り続き、買い出しが滞り、食料の備蓄が底をついた日の夜だった。みんな腹をすかせていた。a君も例外ではなかった。金属バットをもった触氏が近付いてきた。
a君は顔を上げ、触氏に言った。「俺を食って下さい」
触氏は言った。「以心伝心ってやつだな」
a君は撲殺され、切り刻まれ、調理され、三人の胃袋におさまった。a君は自分の能力のすべてを捧げて、三人の空腹を救ったのであった。