読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

28 ある静止画をめぐって

右側の男は数字の「5」が書かれたお面をかぶっている。男は「5」のお面をかぶることで、「ごめん」という気持ちを表現しているのである。誰に対して「ごめん」という気持ちを抱いているのか。それは左側の男に対してである。左側の男の額と左右の頬にはそれぞれひらがなで「ゆる」と書かれている。「ゆる」を3つ書くことで、「ゆるさん」という気持ちを表現しているのである。しかも油性ペンを使って皮膚に直書きしており、簡単には拭えない「思いの強さ」を表現することにも成功している。二人の間にいったい何があったのか。
「ごめん」と「ゆるさん」が対峙する構図ではあるが、「5」のお面をかぶった男はどこかふてぶてしい。本当に謝罪の気持ちがあるのか疑わしい。そう思えてくるのは、お面のせいで表情がうかがえないからなのか。あるいは本当に謝罪の気持ちなどなく、ただのポーズだからなのか。そして「ゆるさん」の男がどこか不安そうに見えるのは気のせいか。顔に直書きしたことで「思いの強さ」の表現には成功しているものの、洗い落とすことは実に骨の折れる作業となることだろう、と今更ながら考え後悔しているのかも知れない。あるいは「ゆる」を3つ書くのではなく「ゆる氏」もしくは「Mr.ゆる」の方が良かったかも知れないと考えているのだろうか。
対峙する二人の男を見ていると(静止画であるにもかかわらず)時間と共に形勢が逆転していくかのように見えてくるから不思議だ。「ごめん」の男が「ゆるさん」の男をなぜか凌駕していくのである。なぜか。「ごめん」の男がどのような罪を犯したのか知る由もないが、一線を越えた男が放つ威光(オーラ)というものが仮にあるとして、それがじりじりと「ゆるさん」の男を圧倒していくのだろうか。
しかしどうだろう。本当に「ゆるさん」の男は「ごめん」の男に圧倒されているだろうか。むしろ「ゆるさん」の男は「ゆるさん」の男で内省し「ごめん」の男など眼中にないように見える。