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39 バナナジュースの老人の事件簿

出会い

私がバナナジュースの老人に出会ったのは、お昼休みに公園の木陰に座ってコンビニで買ったおにぎりを食べているときだった。木陰はアフリカ大陸の形をしていて、私は陰がもっとも濃厚な中部アフリカのコンゴ民主共和国のあたりに腰をおろしていた。オフィスの空調に管理されこわばった私の身体は自然に触れることでほぐされていくようだった。
「これからはここでお昼を過ごすことにしよう。天候によっては適さない日もあるだろうけど、天気の良い日はこうやって自然に触れて心身ともにリラックス&リフレッシュすれば、免疫力も仕事の効率もアップする気がする」
こんな私の何気ないひとりごとに、私の正面、北アフリカリビアのあたりに、私と向かい合う形で腰をおろし、ストローでパックのバナナジュースを飲んでいた老人が「リラックス&リフレッシュ!」とよく通る声で応じたのだった。声の主はニコニコした目で私を見つめていた。これが、私とバナナジュースの老人の出会いだった。

くどくどと述べる理由

「老人はくさい」というイメージを抱いている人は多いかも知れないが、バナナジュースの老人の名誉のためにここで断言しておく。バナナジュースの老人はくさくなかった。アフリカ大陸の形をした木陰でお昼を過ごすことが日課となってから、何度もお会いし、おしゃべりしたが「くさい」と感じたことは一度もない。端的に「無臭」だった。「無臭」であり「よく通る声」の持ち主だった。さらに付け加えると「若かりし日の男前の面影が残るルックス」をしていた。
少なくともバナナジュースの老人は私の三感(嗅覚、聴覚、視覚)に、不快感を与えなかった。触れることも味わうこともなかったため、触覚と味覚に関しては何も言えないのだが。
私がこのようなことをくどくどと述べるのには理由がある。匂いに関しては「名誉のため」というのもあるが、私とバナナジュースの老人の関係において、私はもっぱら聞き役であり、私がバナナジュースの老人の匂いや声やルックスに惑わされることなく話を集中して聞けたこと、つまりは話を聞きながら「くさい」とか「耳障りだな」とか「変な顔してるな」とかと話以外のことに気を取られることがなかったということを示すためである。

ブルガリアヨーグルトの謎

さて、バナナジュースの老人は元刑事だった。しかも数々の難事件を解決した敏腕刑事であり、家庭内においても「ブルガリアヨーグルトの謎」を解決するなど、辣腕をふるった。
事件「ブルガリアヨーグルトの謎」は若かりし日のバナナジュースの老人の家庭内で起こった。その日の朝、冷蔵庫に牛乳を仕舞う際に、バナナジュースの老人は庫内に明治ブルガリアヨーグルトの存在を確認していた。それが夜、帰宅して食べようと冷蔵庫を開けて見ると、すでに無くなっていたのである。
「あれれ?明治ブルガリアヨーグルトがない!」バナナジュースの老人は思わず叫んだ。
「おやつに食べてしまいましたよ」台所で夕飯のしたくをしていた妻が応えた。
「誰が?」バナナジュースの老人が尋ねた。
「私と子供たちがです」妻が応えた。
「そうか」バナナジュースの老人は納得した。明治ブルガリアヨーグルトに「お父さんも食べたいからお父さんの分は残しといて!」と貼り紙をしておくか、同じ内容を口頭で妻と子供たちに伝えておいたのなら話は別だか、そうではなく自分の中で決めていただけだったのだから、食べられても仕方がないのだった。
バナナジュースの老人は「テレパシーの存在を否定する気はない。しかしテレパシーより言葉のほうが意思を伝達するには適しているように思う」とこの事件から学んだ教訓を私に伝授した。バナナジュースの老人の言葉は私の心のノートに刻まれた。

ちゃーちゃん失踪事件

バナナジュースの老人が「テレパシーの存在を否定する気はない」と言ったのには理由があった。テレパシーによって事件を解決したことがあったからである。
敏腕刑事としてご近所の信頼も篤かったバナナジュースの老人は、ご近所さんから事件の解決を請われることも珍しくなく、「ちゃーちゃん失踪事件」もそのうちのひとつだった。お隣の田代さんちの家猫・ちゃーちゃんが平穏な、ほのぼのとした、陽気な日曜日の午後に忽然と姿を消した事件である。
大型商業施設での買い物・食事・映画鑑賞から車で帰宅したバナナジュースの老人一家は、半狂乱状態の田代さんファミリーに襲撃され包囲された。鑑賞したばかりのゾンビ映画の現実への侵入に車内に複数の悲鳴が鳴り響いた。そのせいで田代さんファミリーの面々が口々に叫ぶ「ちゃーちゃんが!ちゃーちゃんが!」という言葉がしばらく聞き取れないほどであった。よく見ると、田代さんファミリーの面々はゾンビの集団というよりも親鳥から餌を求める雛鳥の集団のように見えた。
バナナジュースの老人が二階建て一軒家の田代さんちに足を踏み入れた時点で、家屋内は、家具という家具がすべて引っくり返されているような途轍もない有様だった。それらは田代さんファミリーが「あらゆる場所を捜し、それでもちゃーちゃんを見つけ出すことが出来なかった」ことを示していた。
バナナジュースの老人はキッチンに足を踏み入れた。不意に「私はバスケットゴールの網にひっかかっています」というメッセージを受信した。それはテレパシーとしか言いようのない代物だった。
「ちゃーちゃんはバスケットゴールの網にひっかかっているようです」バナナジュースの老人はファミリーに伝えた。
バスケットゴールは裏庭に面した二階のベランダの外壁に取り付けられていた。田代さんファミリーは階段を駆け上がり寝室を通過しベランダに躍り出るとベランダから身を乗り出してバスケットゴールの網にひっかかっているちゃーちゃんを発見した。ちゃーちゃんは網に手足の自由を奪われ、さらに網目が猿ぐつわの役割を果たし鳴くに鳴けない状態だった。
この話を、バナナジュースの老人は次のような言葉で締めくくった。「田代さんファミリーはちゃーちゃんを溺愛しており、ファミリーの誰かがちゃーちゃんをシュートしたとは誰も考えなかった。ちゃーちゃんの不注意が招いた災難だったと解釈していた。私もそう解釈したし、今でもそう解釈している」

若き植村照美の悩み

これまでに紹介したバナナジュースの老人が解決した二つの事件に、あるいは肩透かしを食らったと感じている読者は多いかも知れない。しかし、それに関して私を責めてもらっては困る。私はもっぱら聞き役であり、バナナジュースの老人の話を紹介しているに過ぎないのだから。とは言え、話し役のバナナジュースの老人を責めるのもお門違いである。私とバナナジュースの老人の対話が、食事の席で行われていたことを思い出して頂きたい。一部あるいは大部の読者が求めているであろうグロテスクな事件を語るのに、食事の席が適さないことは明白である。
さて、ある日の午後、バナナジュースの老人の手元に一通の手紙が舞い込んだ。数々の難事件を解決してきた敏腕刑事であるバナナジュースの老人の元に、面識のない人から手紙が届くのは決して珍しいことではなかった。バナナジュースの老人はそれらにちゃんと目を通し、必要ならば返事を書いた。バナナジュースの老人の律儀で真面目な一面である。さて、問題の手紙だが、それは「若き植村照美の悩み」とでも言うべき代物であった。
若き植村照美の悩み。それは自身の進路についてだった。植村照美はもともとは廃品回収業者になるつもりだったのが、金曜ロードショーで「インディ・ジョーンズ 最後の聖戦」を観て考古学者も悪くないと考えるようになり、どちらになるか決めかね、悩んでいたのである。
バナナジュースの老人は返事を書き送った。バナナジュースの老人自身は多忙なうえ深酒してもおり、どのような返事を書き送ったのか記憶が定かでなかったが、数日後、植村照美から再び手紙が届き、自身が「若き植村照美の悩み」を解決したことを知らされたのだった。
手紙には、次のような一節があった。「確かに財宝を探すのも廃品を回収するのも似たようなものですね」

チンプンカンプン会話事件

ここまで見てきてお分かりのように、バナナジュースの老人には、あらゆる名探偵と同様に、事件を引き寄せる不思議な力が備わっていた。その不思議な力は今なお健在であり、とうとう私たちの憩いの場であるこのアフリカ大陸の形をした木陰にまで、影響力を発揮するに至った。それこそ「チンプンカンプン会話事件」である。
南アフリカ共和国のあたりに腰をおろしていた三十歳そこそこと思しき二人の男の会話が、バナナジュースの老人の話と話の間に割りこんできた。その会話があまりにもチンプンカンプンであったため、老人は話を続けることができなくなり、平常時の倍のくりくり眼で私を見つめフリーズしてしまった。問題のその会話は次のようなものであった。
「有吉って海砂利水魚だっけ?」
海砂利水魚はさま~ずじゃない?」
「さま~ずはバカルディでしょ」
バカルディか。じゃぁ海砂利水魚は?」
海砂利水魚は、何だっけ」
くりぃむしちゅー?」
「あぁ、そう、くりぃむしちゅーだ。アニマル梯団は?」
アニマル梯団は、おさるとコアラ」
「そうか、有吉って」
「猿岩石?」
「あぁ、そうそう。猿岩石」
この会話を理解するにはある特殊な知識が必要である。バナナジュースの老人はそれを持ち合わせておらず、偶然にも私はそれを持ち合わせていたため、この事件を解決したのは私であった。

特に思い出深い家族旅行

バナナジュースの老人には「休暇」というものがなかった。持ち前の「事件を引き寄せる不思議な力」によって、家族旅行で訪れた旅先でも事件に遭遇してしまうのである。バナナジュースの老人が「特に思い出深い家族旅行」として語ってくれたのは、子供たちがまだ小さい頃に訪れた金沢市一泊二日の旅だった。
家族は兼六園金沢21世紀美術館金沢城と、金沢市の人気観光スポットを巡った。
兼六園兼六園のホームページによると「水戸偕楽園(かいらくえん)、岡山後楽園(こうらくえん)とならぶ日本三名園の一つ」であり「江戸時代の大名庭園として、加賀歴代藩主により、長い歳月をかけて形づくられてき」たそうだ。
金沢21世紀美術館は、なぜかホームページにうまくアクセスできず詳細不明だが、名前から察するに、美術作品が展示されている建造物だと思われる。
金沢城はお城である。
バナナジュースの老人一家は一日目に兼六園金沢城を観光し、旅館に宿泊し、二日目に金沢21世紀美術館を訪れた。
この家族旅行期間中、バナナジュースの老人一家は、バナナジュースの老人の「事件を引き寄せる不思議な力」にもかかわらず、まったく何の事件にも遭遇しなかった。「まったく何の事件にも遭遇しなかった」こと、それが一家にとっては事件であり、バナナジュースの老人の心に「特に思い出深い家族旅行」として刻まれることとなった要因であった。
老人は話の最後に「もう家族水入らずで旅行するなんてことは無いんだろうな」とぽつりと呟いた。有難いことに、あまりセンチメンタルな感じはしなかった。

別れ

というわけで、いささか唐突ではあるが「バナナジュースの老人の事件簿」は以上で終了させて頂く。次回「バナナジュースの老人のわんぱく少年時代」で再びお目にかかりましょう。