50 祖母の死

この町に越してきて三ヶ月。
私は、町内会の清掃活動に初めて参加した。
集合時間に間に合うよう、七歳の娘を連れて、家を出た。
気の早いお父さん方は、すでに作業を開始しており、側溝を塞ぐコンクリートの蓋を外し、底に堆積した泥を、スコップで掻き出していた。
挨拶して通り過ぎる際「ドブのにおい」が鼻腔に触れ、私は、自分が今の娘くらいの年齢だった頃のことを思い出した。

その頃一家は、古い運河沿いのアパートに暮らしていた。
祖母と、父と、私の三人暮らしだった。
ヘドロが溜まり、いつも黒く濁った運河は、大きなドブそのものだった。
アパートのベランダはその運河に突き出すようにあり、祖母はいつも、そのベランダに洗濯物を干していた。
私は「ドブのにおい」が付くからベランダに干してほしくなかったが、「ドブのにおい」は部屋の中でもしており、どのみち同じことだった。
私は学校で「ドブ女」とあだ名され、いじめられていた。
「ドブのにおいがする」と言っては、私の前で、鼻をつまむのだった。
祖母はいつも私の味方で、私を慰め、そして、一緒に遊んでくれた。

雨の日は運河が増水し、いつもとても怖かった。
祖母が亡くなったのは、そんな雨の日だった。
事故死だった。

父と、私の二人での暮らしが始まると、徐々に「ドブのにおい」はしなくなっていった。
やがて学校でも「ドブのにおいがする」と言われることはなくなり、しまいには「ドブ女」と呼ばれることも、いじめられることもなくなった。
不思議な現象だった。
私は当時も今も、祖母が「ドブのにおい」を天国に持っていってくれたのか、それとも、「ドブのにおい」だと思っていたものは、「祖母のにおい」だったのか、説明がつけられずにいる。

清掃活動の間、私はどこか上の空だった。
私はぼんやりと、こんなことを思っていた。
祖母の血を引く私は、いずれ、祖母と同じような「ドブのにおい」を発するようになるのだろうか?そして、いずれは娘も?