発掘! 俗物の墓

2084年 探検隊により発見された墓。ヘドが出るほど低俗な文学作品もどきの数々が出土したことから「俗物の墓」と命名された。当ブログはその発掘体験プログラムである。

(3800字)

カーくんの父ちゃん母ちゃんが交通事故で死んだってのは聞いていたけど、うまく実感がもてなかった。小学中学とカーくんとは親友みたいな付き合いだったけど、高校で別々になってからは僕もカーくんも新しい環境でそれぞれやっているうちに会わなくなっていたから。
それが夏休みに僕がはじめてできた彼女と土岐川の花火大会で焼きトウモロコシを食べながら提灯とか電飾とかの中を歩いているとカーくんも彼女みたいなのを連れて歩いててばったり出くわした。
それが夏の頭で僕はいきなり彼女にふられて傷心って感じでカーくんの家に遊びに行くと、やっぱりショックを受けた。ほんと大衆食堂って感じの国道沿いの店がカーくんの家なんだど、もうボロボロだった。黄色っぽい弱った雑草が駐車場の割れ目から伸び出ているし、背後の何となく元気のない山が迫ってきていて家はその一部分になろうとしているみたいだった。
国道沿いだけあって車はびゅんびゅん通って、排気ガスも夏の強い陽射しに押されて地面を這っていた。日中の焼きただれそうなアスファルトを冷やすものは何もなく、店の看板は取り払われ、あるものは色あせ埃をかぶり、電球は切れたまま放置されていた。

カーくんと一緒にいた女が結局誰なのか分からなかったが、僕は夏休みだったしカーくんの家に住みついて、だらだらしていた。
ボンゴはカーくんの友達って話だったけど、こいつもよく分からないやつであまり喋らなかった。なぜボンゴと呼ばれているのかも不明。
大衆食堂の国道が見える窓際のボックス席に座って天井すれすれに設置されたリモコンなしのテレビなんかを見ていると、カーくんが厨房で作ったホットケーキなんかを持ってきて、コーラと一緒に胃袋に流し込んでいた。
僕とボンゴがトランプをしていると、どこかに出かけていたカーくんが戻ってきた。何をしに行ったのかは分からなかったが、駅に行ったことは確かだった。カーくんは僕とボンゴが座っているテーブルに来ると、トランプをやっているのか、みたいな感じで見たけど、実はそんなのには興味はなくて、「前さ、白豚って呼ばれてたやついたろ?」と言った。
僕はカーくんを見た。カーくんはにやついていた。「白豚さんなら覚えてるよ」と僕は興味なさそうに言ってからいらないカードをテーブルに捨てた。
「すごい変わってたぞ」とカーくんは言った。
やっぱり興味なさそうに「顔が緑色にでもなっていたのか?」と聞くと
「まあそのくらい変わってた」とカーくんは言った。「駅でいきなり声かけられて、誰かと思ったら白豚さん。びびったね」
「どう変わってようが、白豚の過去を持つ女には興味ないね」

夜になるとカーくんの家はE.ホッパーの絵みたいになる。真っ暗な中に電気の灯りだけが窓の形に切り取られる。
写真はたくさんあるけどエロ本じゃなくてちゃんとした雑誌を見ていると出入口扉が開いた合図のカランカランという鈴の音が聴こえた。たまにわけの分からない客が来るのだ。僕は「ここやってないよ」と映画俳優みたいに扉には目もくれずに言った。これだけですんなり出てってくれればちょっとは様になるんだけど出て行く様子がない。視線をあげると目の前のボンゴが口をあんぐりあけて放心していた。何だって感じに扉の方を見ると、女が立っていた。
僕も多分ボンゴと同じ顔をしていたのだろう。女は僕を見て、それからボンゴを見て、あれ?という顔をし「私のこと分からないみたい」と言って微笑んだ。
厨房で食器を洗っていたカーくんが店内の様子に気付いて飛んで来た。そして「ユーちゃんよく来たね」と微笑んだ。
僕もピンク色の油の染みだらけのソファから飛び起きて「よく来たねユーちゃん」と微笑んだ。
白豚さんはすごいきれいになっていた。

ボックス席にカーくんと白豚さんが並んで座り、向かいに僕とボンゴが座った。昔の話で盛りあがり、カーくんの父ちゃん母ちゃんの話で盛りさがり、でもとても楽しいひと時だった。時間的にちょっとあやしくなってきた。
「よかったら泊まっていけば?」と僕は自分の家のように言った。「どうせ部屋空いてるし、布団もあるし、オバケも出ないし、おれたち変なことしないし」
そんな話をしていると国道から一台の車が勢いよく店の駐車場に入って来た。
「まただよ」と僕は言って「分かりそうなものだけどな」と立ちあがって追い返しに行こうとした。
すると、ユーちゃんが「もう帰らなきゃ」と言って僕を制し扉の方にかけ外に出た。
少し呆気に取られていると車の中から背の高いがっしりしたいかつい男が出て来た。
カーくんは立ちあがって後を追った。
男はユーちゃんの手首を乱暴につかむと引っ張り助手席に押し込み、自分も運転席に回り込み乗り込むと乱暴に車をバックさせた。車はUターンして国道を走り去った。
カーくんは一歩およばなかった。
僕もその頃には店の外に出ていた。
「何だよあいつ」とかと文句を言いながら僕とカーくんは店に戻った。

翌日、いつものようにだらだらと天井すれすれに設置されたテレビで甲子園なんかを見ていると店の扉付近にあるレジの横の電話が鳴った。出るとユーちゃんだった。
カーくんは駐車場にいた。ツルハシで穴を掘っているところだった。
昨夜カーくんは「あの男今度来たらぶっ殺してやる」と言っていた。
僕も調子に乗って「でもかなりいかつい男だったぞ」と言うと、
カーくんは「落とし穴を掘ればいい」と言った。
冗談と思っていたが翌朝、僕とボンゴはツルハシがアスファルトにぶつかるカーンカーンという音で目を覚ました。ボンゴの脚が腹に乗っていてそれをどけてカーテンをあけるとまともに陽射しが入ってきた。部屋は二階で窓の下に駐車場が見える。カーくんがツルハシで土を覆ったアスファルトを叩いていた。
店内のボックス席についてしばらくカーくんを見ていると飽きた。カーくんもすぐに飽きるだろうと思った。僕は「ユーちゃんから電話」とカーくんを呼んだ。
カーくんは汗を拭いながら店に入ってきた。カーくんの近くにいると暑かったからボックス席に戻った。カーくんはしばらくユーちゃんと話していた。というよりはずっとうなずいたり相槌を打ったりしていた。それから「分かった。じゃあね」と言って電話を切った。
「ユーちゃん何だって?」と聞くと
カーくんは「ユーちゃんも協力してくれるって」と言ってまた外に出て行った。

駐車場でボンゴとキャッチボール。
アスファルトは厚さ5センチ程度でしばらくすると土が見えた。そこからは「テコの原理」でアスファルトは簡単に剥がれていった。
「手伝おうか?」と気楽に言うと
「いや。これはおれの仕事だから」ときっぱり断られた。
「それならオムライス、作ってくる」と言うと
「それは助かる」とカーくん。
僕はボンゴと店に戻って厨房でオムライスを作った。オムライスはご飯を炒めて卵でくるめばいいだけだから簡単に作れる。
カーくんは穴を掘り続けた。毎日掘っていた。そのうちツルハシを使うことができなくなった。体の半分が穴の中に入りツルハシを振りかぶっても振りおろせないのだ。
「そろそろいいんじゃないの?」と声をかけると
「いやまだまだだ」とカーくんは言った。「こんなんじゃすぐ這いあがってくる」
日に日に穴は深くなっていった。今では脚立を使って穴の底に下りスコップで穴をさらに深く掘り下げていた。掘った土はバケツに入れていちいち上まで持ちあげていた。

僕とボンゴは食事担当になっていて食事ができるとカーくんを呼んだ。穴は上から見た感じだと10メートルはあるような気がした。でも10メートルだとビルの三階に相当するわけだからそこまで深くはなかった。
朝から雨が降っていた。穴はベニヤ板とビニールシートで覆われていた。久しぶりの休日といった感じだった。
「あんなに深い穴に落ちたら死んじまうぞ」と僕は言った。
「それが目的だからな」とカーくんは言った。
「いくらなんでも殺すのはまずいだろ」と僕は言った。
「それなら下にトランポリンでも置いとくか?」とカーくんは言った。
「そうしろよ」と僕は言った。「やつは穴に落ちた瞬間死の恐怖に襲われる。だがすんでのところでトランポリンに救われる」
「で、土に埋められて窒息死する」
「窒息死はまずいだろ」
「じゃあ酸素ボンベでも置いとくか?」
「そうしろよ。やつはトランポリンに救われたと思った瞬間、生き埋めの恐怖に襲われる。しかし酸素ボンベに救われる、と」
「で、這いあがってきたところをスコップの一撃を食らって死ぬ」
「やっぱり死ぬのかよ」
「それだけは譲れない」
「そこを譲んなきゃ刑務所行きだぞ」
刑務所と言って間が抜けているような気がした。
僕は気を取り直して「墓穴を掘るって言うだろ?」と言った。「お前も自分の掘った穴に自分で落ちるなよ」
ボンゴが食べていたオムライスを喉につまらせゴホゴホと咳き込んだ。

夏の終わり。
ユーちゃんと僕とボンゴは穴の前に立っていた。
穴を見つめていた。
カーくんが掘り、カーくんが落ちた穴だ。
カーくんは足の骨を折り、ただ今入院中。

デブ奇譚 1

(4800字)

その事件が迷宮入りするとともに捜査官の池永も迷宮入りした。同僚は池永をからかう。
「おっ、名球会入りした池永君! いったいどんな記録を打ち立てたんだ?」
迷宮入りした池永をかばうのは女性捜査官の進藤直美だけだった。彼女は事件はもかくとして池永を迷宮から出さなくてはと必死だった。それは辞書を参照する限りとても困難なことのように思われた。迷宮とは
「中に入ると出口が分からなくなるように造った、複雑な建造物を指す」
からだ。しかしベットでの池永は迷宮入りしているとは思えないくらいのすごい精力を発揮するのだった。そのせいで直美の声は日に日に野太くなっていった。直美の彼氏の町田は彼女の性器が自分の性器にフィットしないほどに拡がりはじめていることに気付いていた。別れるのは時間の問題だった。セックスの回数は減り禁句がふたりの関係をギクシャクさせていった。もっともギクシャクしているのは町田の方で彼女は素っ気ないものだった。
「最近のあんたおかしいよ」
と高級レストランで食事をしている時に直美が言うと
「そうでもないよ」
と彼氏は妙に弱気な声を出した。
「もしかして」
と直美は手を止め町田の目をのぞき込むと「もしかしてなの?」
と聞いた。町田は彼女が何を言いたいのか分からなかったが
「ああ」
と答えた。すると彼女は町田の昔からの夢が叶ったかのように
「良かったじゃない! 本当に!」
と言い
「たまには連絡してね」
と謎の言葉を残し、ナイフでニシンを切りフォークで口に運ぶと
「おいしい」
と笑みを見せた。それが町田が直美に会った最後の日で、町田はその日以来行方不明である。町田がどこに行くかは直美しか知らず町田には知る由もなかった。しかしどこにも行かないわけにもいかず町田は家を出たのだったが、行きたい場所などどこにもなかった。

迷宮入りしたその事件は8年前の5月9日に起きた。つまり迷(May)宮(9)の日である。あたかも事件はそうなることをはじめから決められていたかのようだ。池永は粘り強いことで有名な捜査官で「粘着テープ」と呼ばれていた。現場は三階建て木造アパートの一室で、ベランダには洗濯物が干しっぱなしだった。車から下りるなり二年目捜査官の矢吹が
「あそこが被害者の部屋です」
と池永に言い池永はベランダを一瞥すると
「デブ女か」
と言った。憂さ晴らしに拳銃をぶっ放すように口をぶっ放したわけだ。その頃進藤直美は16才の女子高生で翌年には17才になる予定だった。つまり彼女は2月29日生まれではなかった! 彼女は父親の仕事の関係上引っ越しを繰り返していた。それと関係はないとは思うのだが日記とは無縁だった彼女は、しかし8年前の5月9日はハッキリと覚えていた。それは彼女の「初体験」の日だった。適度にパンクっぽい人がタイプでゴールデンウイークに逆ナンして知り合った「ディコンストラクションズ」というアマチュアバンドのギタリストTAKA(当時19才)と真昼のラブホテルで「休憩」したのだった。ちなみに当時「ディコンストラクションズ」のボーカリストだった安田ファッキン和也はその頃高校時代の後輩・百合子さんとエジプトにともに初めての海外旅行に行きそこでスフィンクスの絵葉書に
「お前に似てないか?」
と書いてベーシストの佐久間に送った。佐久間の彼女(当時)はそれを見て
「似てる!」
と言ったらいきなり殴られたそうだ。「ディコンストラクションズ」はメンバーそれぞれの音楽性の違いからその後解散しTAKAはエレキギターを捨て安田ファッキン和也はミドルネームを捨て新たなバンド「トーテンポール」を結成し佐久間は彼女に捨てられ「トーテンポール」のメンバーからも外された。

殺された「デブ女」は本名を加藤朋美といった。当時29才だった彼女は生きていれば37才で、オマンコがちょうど○○○○なっている年頃だからシックス・ナインはちょっと勘弁してほしい気がする。彼女は明るい性格でいつも笑顔の人気者だった。ベットに寝そべって少女漫画を読み股間を布団でこするのが趣味だったが、
デブ専の彼氏が次から次へと現れるため18才から29才まで彼氏が途絶えることはなかった」
と彼女の高校時代からの友人・溝口容子は言っている。池永は彼女がこまめにつけていた「セックス日記」を読み彼女と性交渉のあった「デブ専」たちに会って話を聞いた。しかし「デブ専」ではない池永は彼らの話がほとんど理解できなかった。容疑者が3人に絞られたかと思えば8人に増え、うんざりした気分に追い打ちをかけるように22人に増えた。池永は熱くなった頭を冷やそうと蛇口をひねって頭を突っ込んだ。すると水とともに容疑者がひとりふたりと流れていくのが分かった。最後まで流れないのが犯人だと思い頭を突っ込んだままにしておくと思惑通り5人にまで絞られた。その時
「何やってんすか先輩?」
と矢吹の邪魔が入り、ボトッと5人の容疑者が同時に落ちてしまった。
「ああクソ!」
と池永は叫んで落ちた5人を取り戻そうとしたが無情にも5人の容疑者は排水口に吸い取られてしまった。
「馬鹿野郎!」
と池永は叫び矢吹の胸倉をつかんだ。しかし次の瞬間池永は地面に押さえつけられていた。矢吹は柔道の有段者で希望者に護身術を教える先生でもあったのだ。トイレから出てきた直美は池永が矢吹に押さえつけられている光景を目にし
「どうかしたんですか?」
と聞いた。

事件は当初簡単に解決すると思われた。しかし池永を伴って迷宮入りした。
「まるで EXTERMINATOR!を読んでるみたいだ」
が池永の口ぐせだった。池永は邦訳された「おぼえていないときもある」でEXTERMINATOR!を読んだのだが「おぼえていないときもある」を読んでるみたいだ、とは言わなかった。自分が原文で読んだように見せたいわけではなく、もっぱらリズムの良し悪しの問題だった。だいたい池永がそう言う時はベロンベロンに酔っ払っている時で翌朝直美が
「昨日エクスターミネーターを読んでるみたいだって言っていたけど何のこと?」
と聞いても
「おぼえていない」
と言うだけでそれがウィリアム・バロウズの小説で1997年に「おぼえていないときもある」として邦訳がペヨトル工房から出版されていることを知ったのはずっと後になってからだった。普通の本屋には置いてなかったため注文して直美は目を通した。なるほど、と直美は思った。読後の征服感がまったくなかった。「デブ女」殺害事件に則して考えると頑張っても少ししか手に入らないもどかしさのようなものが確かにEXTERMINATOR!を読んでるみたいだ、と言えるかも知れないと思った。突如直美は池永が発狂するのではないかと思った。直美はEXTERMINATOR!を読み返す気などおきなかったが池永は何度も読み返し答えを見つけ出そうとしているようなものなのだった。池永は少し頭を冷やしたほうがいいと直美は思った。ちょうど池永が小便プレイを望んだので直美はラブホテルのベットに仰向けになった池永の顔に小便をかけた。直美は小便をかけられ目をつむり口を半開きにした池永の幸せそうな顔を見ているとこのまま小便が止まらなければいいと思った。池永も同じことを思ったが小便は止まった。ふたりはとても悲しい気持ちになってベットで抱き合ったが仕方なかった。

ある時池永が顔を洗っていると蛇口から容疑者がボトボトと落ちてきた。驚いた池永だったが素早く排水口に栓をした。あまりにたくさんの容疑者が次から次へと出てくるため水を少しづつ容疑者を逃がさないように捨てる必要があった。そのうち容疑者であふれ返るくらいにまでなった。池永は走って掃除用具の置いてある部屋まで行った。そしてバケツをつかむと走って戻った。矢吹はバケツを持って走ってくる池永の姿を見つけた。矢吹は
「誰だよ」
とつぶやいて蛇口をしめたところだった。池永は洗面台の前に立っている矢吹を見つけると
「おい! さわるな!」
と走りながら叫んだ。
「あ、これ池永さんの仕業でしたか」
と矢吹はバツの悪そうな笑みを見せ水を出そうと蛇口に手を伸ばした。
「馬鹿野郎さわるな!」
と池永は叫び走ってくる勢いのまま矢吹にタックルした。池永は大学時代ラグビー部に所属していなかった! 一方の矢吹は柔道の有段者らしく素早くしっかりと「教科書通り」と顧問の故・深沢重吉先生にほめられたことを今も忠実に守り通していますと故・深沢重吉先生への感謝の気持ちを表現するかのような完璧な受け身をとったが池永は地面に顔をぶつけバケツは手から離れ不愉快な音をたてながら転がった。トイレから出てきた直美は廊下で重なり合う二体のオブジェのようになった池永と矢吹を目にし
「どうかしたんですか?」
と聞いた。

テナントビル清掃員による女子トイレ盗撮事件と「デブ女」殺害事件には何の関係もないように思われた。しかし押収したビデオテープを見ながらオナニーをしていた池永はそこに「デブ女」そっくりの女を見つけた。彼女と性交渉のあった「デブ専」18人のお墨付きをもらい池永はその女が加藤朋美の生前最後の姿であることを撮影日時が5月9日午後4時18分であることから判断した。撮影場所は丸の内にある某テナントビルで彼女の勤務する会社のオフィスのあるビルとは違った。彼女はなぜこのビルのトイレで用を足したのか? 池永が捜査を進めるとさらに興味深いことに彼女の使用したトイレが某テナントビルの10階のトイレであることが判明した。1階のトイレなら部外者が立ち寄り用を足してさっさと退館することも考えられるが、10階となるとエレベータに乗り、あるいは階段でそこまであがらなければならない。つまり彼女は用を足すためにこの某テナントビルに入ったのではなかったのだ。彼女は用もないのに丸の内にある某テナントビルの10階にあがり用を足した、ということになる。いや違う、と池永はすぐさま自分の出した答えを否定した。「用」と「用を足す」の「用」を区別しなければならない。つまり彼女はこの某テナントビルに何かの用があり入館し用を足したのは何かの用のついでだった。池永は一挙に展望がひらけた気がし興奮した。しかし彼女がそのビルの10階に足を運んだのはそこにあるテナントが彼女の勤める会社の得意先だったからでありそれ以上の意味はなかった。捜査はまたも行きづまった。昼間っからボーッとしている日が多くなった。不意にある疑問が生じた。いい年になって未だにオナニーする自分はカッコイイだろうか?

リストラされた元サラリーマン・吉岡一夫はそのことを家族に言えず毎日行く当てもないのに出勤と称して家を出て川辺や鉄橋の下なんかで寂しく物思いにふけっていた。元サラリーマン・吉岡一夫は毎月消費者金融やヤミ金からサラリーマン時代の給料分を借金し自分の口座に振り込んでいた。家族にリストラされたことがバレ消費者金融やヤミ金から借金していることがバレるのは時間の問題だった。就職のアテも返済のアテもなく就職する気も返済する気もなかった。ある夜元サラリーマン・吉岡一夫は妻と二人の娘を絞殺し自分も死ぬことを思いついた。自分が首を吊って死ぬのは一番最後でなければならないと肝に銘じ、妻と二人の娘の絞殺順序はどうでもいいと元サラリーマン・吉岡一夫は考えたが、あやうく自分が最初に首を吊りかかり、気を取り直して下の娘、上の娘、妻の順で絞殺していった。池永はこの事件を聞きこんなことがあっていいのかと思い4つの死体が出た事件より自分が抱えるひとつの死体が出た事件の方が難解なのはなぜだろうと不思議に思った。池永はこう考えざるを得なかった。「デブ女」殺害事件には少なくとも4つ以上の死体が出ている。

デブ奇譚 2

(4800字)

ある日こんなささいなことがあった。池永と直美が喋りながら廊下を歩いている時だった。池永は小便がしたかったから男子トイレに入った。池永は用を足す自分の横に直美がいないことに気が付いた。さっきまで一緒に喋り歩いていた直美はどこにいったのだ? と不思議に思ったのも束の間ここが男子トイレであり女の直美は入れないのだと気が付くと池永は苦笑した。
「おれも疲れているのかな? 」
とつぶやこうとして月並なことを月並に思おうとする人間に月並以上のものが手に入るわけがないと思い性器を歓喜させるように腹筋に力を込め膀胱を圧迫した。男子トイレを出ると廊下に直美はいた。池永は閃きのようなものを覚えた。人間にはそれぞれに入れる場所と入れない場所がある、と池永は思った。小学男児は母親の布団にもぐり込めるだろうが高校球児は無理だろう。つまり一人暮らしする自分の部屋で殺されていた加藤朋美を殺した犯人は加藤朋美の部屋に入れる人物だ。一人暮らしの女性は例え相手が顔見知りでも深い関係でないなら、あるいはこれから深い関係になることを望む人でないなら部屋に入れることはないだろう。つまり犯人は彼女と深い関係にあった人物、あるいは彼女が好意を寄せていた人物だ。そう気が付いた時池永はすでに自分が彼女と深い関係にあった「デブ専」たちの事情聴取を済ませていたことを思い出した。池永は自分の無意識の働きに内心驚いていた。しかし驚いたのも束の間だった。池永は男子トイレに女の清掃員が臆することもなく入っていくのを目にした。女でもそれが清掃員なら男子トイレに入れるのだ、ということに池永は気が付いた。

「どうかしました?」
と直美は池永に聞いた。池永の大きな頭の中で、どのような思考の劇が繰り広げられているのか、直美は知りたかった。池永の大きな頭の中では、次のような思考の劇が繰り広げられていた。女でも清掃員なら無条件に男子トイレに入れるわけではない。それは女であり清掃員である彼女にとって女と清掃員のどちらが勝っているかという問題である。清掃員が勝っていれば男子トイレに入れるが女が勝っていれば例え清掃員でも入れないだろう。それを「デブ女」殺害事件に則して考えるとどうなるか? この場合彼女の部屋は男子トイレとなる。男子トイレに入れるのが男子だけではないように、彼女の部屋に入れるのも顔見知りであり深い関係にある人、あるいはこれから深い関係になることを彼女が望む人だけではない。彼女が望まない部外者が強引に押し入ってくるケースもあり得るのだ。そこまで考えて池永は、それも念頭に入れて俺は捜査を進めてきた、と思い、それにしても、と思考を新たな方向に向け、男子トイレである彼女の部屋に女である彼女が住んでいた、というのも妙な話だ、と思った。彼女はなぜ男子トイレなどに住んでいたのか? 男子トイレには黙っていても男が入ってくるからか? それほどまでに彼女は淫乱だったのか? いや違う、と池永は自分の腹に鉛の玉をぶつけるように否定した。こんなのは言葉遊びでしかない! 彼女が住んでいたのは男子トイレではなく比喩としての男子トイレだ。その男子トイレは女子トイレにもオメコにも肛門にも変換可能なのだ。彼女はオメコに入れるものを自分で選択できるがオメコを彼女が完璧に管理できるわけではない。「中出し」されたり細菌に侵入されたりレイプされたりする可能性は常にあるのだ。池永は自分の大きな頭に唾を吐きかけるように、犯人が分からないのに、犯人を絞る、なんてことができるか、とつぶやいた。いや違う、と池永は再び即座に自分を否定した。

池永が迷宮入りしているのは池永がすでに調査済みの箇所を再度たどり直していることからも明らかだった。池永の考えることの大半はすべてすでに考えられた事柄だった。池永は迷宮をさ迷うひとりの男だった。幻覚や幻聴をそれと気付かず見聴きする狂人だった。実際に見た光景、実際に聴いた声や音がベースとしてあったが、それは更新され歪められ彩色されて再現されたものだった。池永はそれに気付かなかった。直美は
「もう何だってやってやれと思った」
と言う。
「もう何をやっても無駄なら何だってやってやれという心境だった」
と言う。直美がそう思うほど池永は成す術もなく狂っていたのだった。池永はもう直美が捜査のどの段階で捜査班に加わったのか分からなかったし分かろうともしなかった。何の疑いも抱くことなく直美が捜査のはじめからいたことになっていた。そしてあるいは池永にとって直美は池永のすべてのようなものだった。直美が池永を産み直美は常に池永とともにあった。二年目捜査官の矢吹は事件発生当初から二年目捜査官であり池永にとって矢吹はいつまでも二年目捜査官であった。池永は「デブ女」に「X∞増殖女」というもうひとつのアダ名をつけていたが矢吹の「二年目捜査官」もアダ名だった。しかし三年目になっても四年目になっても二年目のようだったからそうアダ名されたのかあるいは一年目から二年目のようだったからそうアダ名されたのかあるいはまた別の理由からなのか矢吹がいつそのアダ名をつけられたのか判然としないため「デブ女」殺害事件当初矢吹が何年目の捜査官だったか池永は分からなかったが分かろうともしなかった。何の疑いも抱くことなく池永にとって矢吹はいつも二年目捜査官だった。また池永にとって「デブ女」は殺害以前から「デブ女」であり「X∞増殖女」だった。直美が池永を産んだように殺害が「デブ女」を産み直美が池永のすべてに波及していったように殺害が「デブ女」のすべてに波及していった。

男子トイレが池永の頭蓋骨の内側にこびりついてなかなか離れなかった。歯の裏側ならまだしも頭蓋骨の内側では爪楊枝も届かなかった。池永は思い出す。ある飲み屋の男子トイレで小便をしていると2人組の女が間違えて入ってきたことがあった。ある別の飲み屋の男子トイレで直美とセックスしたこともあったし、また別の飲み屋には便所はひとつしかなく男女共用だった。またある別の飲み屋の便所で顔を洗っていると父親に連れられて5、6才の少女が入ってきたこともあった。池永は考える。「デブ女」は複数犯に間違えて殺されたのか。「デブ女」は一人暮らしだったが半同棲状態の男がおりその男に殺されたのか。あるいは彼女はそもそも一人暮らしではなく男と同棲しておりその男には連れ子がいたのか。連れ子が殺したとすれば連れ子には新しい母親がデブだということに耐えられなかったのか。あるいは血の滲むようなダイエットに取り組んでいたが一向にむくわれない彼女を見かねた連れ子がそれならば大量出血させてやればいいと自分のブラックなグッドアイデアに酔いつつ「デブ女」をナイフで刺したのか。連れ子が「デブ女」を殺害したことを知った父親は連れ子とともに失踪したのか。しかし彼女の部屋には別の男が一緒に暮らしていた形跡はどこにもなく彼女の部屋に出入りする子供の姿を見た者も彼女の部屋から子供の声を聴いた者もいなかった。となると「デブ女」はやはり誰かと間違われて殺されたのだろうか、と池永は思った。謎に満ちたこの事件には少なくとも4つ以上の死体が出ているはずだが、今のところ彼女の死体しか発見されていないのは彼女が間違えて殺されたために、他の殺人事件との関係を通常の思考では見つけられないからではないか。そう考え続ける池永は犯人逮捕のためなら自分を極限まで追いつめる男であった。

「デブ女」殺害事件は5月9日迷宮の日に起きたが、実は29年前の同じ日に「デブ女」は誕生したのであった。迷宮の日に生まれ迷宮の日に迷宮入りした「デブ女」。しかし29年前のその日に生まれ29年後のその日に迷宮入りしたのは彼女だけではなかった。彼女の双子の姉がそれだった。ふたりは生き別れ互いに自分が双子の片割れであることを知らなかった。互いに生き別れた姉、生き別れた妹を補うようにふたりはともによく食べよく太った。ふたりは自分の異様なほどの食欲の理由を知らなかったが実はそういう理由だったのだ。ふたりは一卵性双生児でありともによく食べたこともありよく太りよく似ていた。ふたりがなぜ生き別れることになったのか、ふたりの父親は行方不明であり母親はすでに他界しているためハッキリとしたことは分からない。しかし母親が他界したのは胎内にいた頃からデブだったふたりを産んだ直後だった。医者はそうなることを懸念しどちらか片方を堕ろすことを母親にすすめたが母親は拒否した。その結果の死だった。よく食べよく太った赤ん坊を男手ひとつで育てるのは難しかった。ふたりの父親は父親としての自覚に乏しくふたりを捨てた。捨てられたふたりはそれぞれ別の家庭に引きとられた。まだ1才にも満たなかったふたりはそんなことは知る由もなくすくすくとよく太りよく似よく育った。

やがて成人したふたりは自身の来歴を知らされたかも知れない。しかしふたりが再び出会うのは29才の誕生日、とある「デブ専」を通してだった。「デブ女」も傍目には相当危なっかしい日々を送っていたが、彼女の姉も同じだった。彼女の姉・後藤沙織はデリバリーヘルスで働いていた。「デブ専」の相手をできるのはそれほど多くはなかった。なぜならデブでなければならないからである。沙織の在籍していたデリバリーヘルス「レインボー」代表取締役・村井裕二は慢性的なデブ不足に頭を悩ませていた。広告チラシに
「デブ大募集!」
と印刷して募ったがデブは来なかった。沙織が出現したのは半分あきらめかけた頃だった。村井裕二は歓喜し自身は「デブ専」ではないにもかかわらず嬉しさのあまり沙織に抱きついた。そして「自動車・携帯電話持ち込み」で雇った送迎係に自動車を軽からワンボックスに買いかえるよう要請した。金がないと渋る送迎係に村井は
「彼女を送迎できないのであれば送迎係失格だ、お前は送迎係として彼女を送迎できないことにプライドを傷付けられないのか、そんな生半可な気持ちで送迎を生業としているのか」
と怒鳴り散らしワンボックスに買いかえさせた。その意味でも沙織はデリバリーヘルス「レインボー」に鳴り物入りしたと言っても過言ではなかった。「デブ女」沙織は「デブ専」相手に期待通りのフル稼働をしてみせた。いや、期待以上の働きをした。沙織は単なるデブではなかったのだ。デブの中のデブだった。それはとてつもなく太っていたということではなくとてつもなく輝いていたということだ。

彼女は「デブ専」を虜にした。虜となった「デブ専」は次から迷わず彼女を指名し
「彼女でなければならない」
と言い
「とにかく早く彼女に会いたい」
と言い
「今すぐ連れてきてほしい」
と言い
「気が狂わないうちにお願いします」
と言った。沙織はフル稼働していたがそれでも追いつかなかった。彼女は体力の限界を感じたわけではなく体力のとてつもない過剰を感じ外国に飛び立った。一週間の予定だったが彼女はなかなか帰ってこなかった。「デブ専」は我慢できなかった。「レインボー」の電話は一週間鳴りっぱなしだった。
「バカンスに出ている」
と言っても信じる者はいなかった。一週間の辛抱だと村井は「デブ専」に言うように電話係の女に言ったが一週間が過ぎても沙織は帰ってこなかった。沙織は旅行先で恋に落ちていたのだった。デリバリーヘルス「レインボー」は「デブ専」の電話ラッシュを受け営業を停止せざるを得なかった。「レインボー」は「サーカス」に店名を変え電話番号を変えた。その他は一切変えなかったが「デブ専」たちは成す術もなかった。デブは他にもいると彼らは自分を納得させざるを得なかった。

デブ奇譚 3

(4900字)

「デブ女」殺害事件の被害者である朋美が沙織と間違えられたのは言うまでもない。「デブ専」のなかには突然姿をくらました沙織に憎しみを抱いている者がいた。何人もいたが沙織そっくりの朋美を見つけたのはそのうちのひとりだった。彼はそれが沙織ではないことが分からなかった。彼は朋美の後をつけ朋美の住むアパートを見つけた。そして自分を虜にしていた「デブ女」の本名が加藤朋美であることを知った。沙織は「ミカ」と名乗っていた。それが偽名であることは彼には分かっていた。彼はインターホンを押し「ミカ」を呼んだ。「ミカ」は訪問客の男を見たが男が誰なのか分からなかった。男は
「ミカ、俺のこと覚えてるか?」
と言った。ここでの「ミカ」は加藤朋美なわけだから覚えてるも覚えてないもなかった。男は財布から3万円を出し
「やらせてくれ」
と言った。「ミカ」は
「自分は「ミカ」ではないしあなたが誰だか分からないし体を売る気はないしアパートまでつけてきて「やらせてくれ」なんて言うのは非常識にもほどがあるし帰らないのなら警察に電話します」
と言った。アパートの一室の扉の前で押し問答する男と「デブ女」。扉は開いていたが「デブ女」でふさがっていた。男はもう我慢の限界だった。「ミカ」にそんなことを言われるなんて信じられなかったし「ミカ」を見つけた時から睾丸はフル稼働し男根は勃起しまくっていたし偶然にもATMでお金を下ろしたばかりだったため「ミカ」とやることばかり考えており断られるなんて予想だにしていなかったのだ。

「3分以内に帰らないなら警察に電話しますから」
と言って「ミカ」は扉を閉めようとした。男は「ミカ」に飛び込んだ。男は学生時代水泳部に所属していなかった!「ミカ」は後頭部を強打し意識を失った。男は意識を失った「ミカ」を犯した。「ミカ」が意識を回復し叫び声をあげないよう「ミカ」の口の中にティッシュペーパーを詰めた。男は恍惚となって「ミカ」を弄んだ。「ミカ」の肌に落書きをし包丁とボディソープを持ってくると「ミカ」の陰毛を剃ることに夢中になった。「ミカ」はゆっくりと意識を回復していった。そして「ミカ」は自分が何をされ現に今何をされているのかを理解し、怒りにかられた。「ミカ」がただひとつ、死を回避することだけを目的として行動していたのなら殺されることはなかったかも知れない。「ミカ」はぐっと上半身を起きあがらせると男の頭をぶったたいた。「ミカ」は叫び声をあげているつもりだったが声は出ていなかった。彼女は男に弄ばれ現に今も弄ばれていることは理解していたが口の中にティッシュペーパーを詰め込まれていることは理解していなかったのだ。頭をぶったたかれた男は起きあがると「ミカ」に覆いかぶさった。男はその時自分の両手が包丁を握りしめていることを思い出したが後の祭りだった。
「刺すつもりはなかった。許してくれ」
と「ミカ」に言った。「ミカ」は口の中にティッシュペーパーを詰められ腹を包丁で刺され29才の若さでこの世を去った。5月9日迷宮の日だった。

「ミカ」である沙織は行方不明だった。少なくとも「デブ女」殺害事件以降沙織は姿を見せていなかった。彼女がいつ失踪したのかは分からない。見つけようとしたが見つからなかった。それも当然だった。そもそも朋美には双子の姉などおらず沙織=「ミカ」は池永がつくり出したキャラクターだったからだ。それゆえ「デブ女」殺害事件以前にも沙織は一度として姿を見せたことはなかったのだ。池永はそれと気付かずデリバリーヘルスを徹底調査し朋美そっくりの女を捜したが見つかるはずもなかった。実は朋美そっくりの女とは朋美だった、と池永は結論した。朋美そっくりの女を捜しても一向に見つからないのはそれが朋美であり朋美は5月9日迷宮の日にすでに迷宮入りしていたからだ。「デブ女」殺害事件と捜査官の池永は捜査のある段階で迷宮入りしたのではなかった。事件発生と同時に迷宮入りしていた。はじめから迷宮入りする以外に迷宮入りする方法はないのだ。ただ迷宮入りしていることにいつ気付くか、ということがある。しかし迷宮入りしていることに気付いたとしても何の意味もない。「デブ女」殺害事件が迷宮入りしていると言えるのはただ解決されていないからにすぎないのだから。そう考えると池永は自分と「デブ女」殺害事件が迷宮入りしているのかしていないのか分からなくなった。そして池永は晴れやかにこう思った。「デブ女」殺害事件を解決させさえすれば「デブ女」殺害事件も自分もはじめから迷宮入りなどしていなかったことが証明されるわけだ。それは迷宮入りしたとされるこの事件の被害者である「デブ女」と捜査官の池永を同時に迷宮から救い出すことを意味した。もちろんはじめから迷宮入りなどしていなかったのなら「迷宮から救い出す」という言い方は間違いなのだが。そしてそれによって朋美が息を吹き返す、ということもないのだが。少なくとも朋美が息を吹き返すまでは朋美が息を吹き返す、ということもないのだが。

男子トイレの個室で小便水に浮いたうんこの上で毛むくじゃらの下半身を丸出しにした池永がそんなことを考えていると、矢吹が廊下を走りながら
「池永さーん、池永さーん」
と呼んでいる声が聴こえた。男子トイレから離れるいい機会だと思い池永は男子トイレを出た。
「あっ、池永さん」
と矢吹は池永を認知すると池永の前まで走ってきた。
「どうした?」
と聞くと
リオデジャネイロは今日も快晴だそうです」
と矢吹は言った。池永は矢吹が冗談を言ったのだと思ったが笑わなかった。矢吹は
「あの」
と言い咳払いをひとつし
「デブ女のセックス日記を再度徹底調査してみたのですが」
と切り出した。矢吹が言うには彼女と性交渉のあった「デブ専」は当初18人とされていたが実は19人だった、さらに彼女はもう一人別の人物とも性交渉をもっており、さらに彼女はまた別のもう一人の人物とも性交渉をもっていた。19人を18人と見誤ったのは同じ名前の「デブ専」が2人いたからであり、もう一人別の人物を見落としていたのは彼が「デブ専」ではなかったからであり、また別のもう一人の人物を見落としていたのはその人物が女性だったからだった。しかし「デブ女」の「セックス日記」を再度徹底調査したのも、それによって新事実を発見したのも池永であった。それは池永が部下の手柄を無理矢理横取りする下司な浅ましい上司だったからではなく池永にとって池永は「デブ女」殺害事件捜査班の別名でもあったからだった。つまり池永は池永だったのだ。しかしそんな新事実は何の意味ももたなかった。「デブ女」の「セックス日記」はすでに虚構だと判明していたからだ。しかし虚構が事実を上回っていたわけではなく逆に事実が虚構を上回っていた、と言ってもよいのではないかと池永は思うのだった。虚構が空にあるのなら事実は地にあった。われわれは本来地から空を見るが池永は空から地を見なければならなかった。つまり空飛ぶ飛行機である「セックス日記」に乗って地である事実を見るのだ。池永はそれが必要だと思った。

そもそも「セックス日記」は彼女の「マスネタ日記」だった。彼女自身の楽しみのためにマスをかいていたように彼女は彼女自身の楽しみのために「マスネタ日記」を書いていた。このふたつは分かち難く密接に結びついていた。彼女の愛用していたワープロのキーボードからと彼女の「マスネタ日記」が保存されたフロッピーディスクからは彼女の布団やシーツやパンティーから検出されたのと同じ「マン汁」が検出されたからだ。そして「マン汁」は彼女が愛読した百冊以上の少女漫画からもテレビとビデオのリモコンからもアイドル歌手のビデオテープからも社員旅行や飲み会や彼氏とのデートで撮られたおびただしい数の写真からも検出されたのだった。さながら彼女の部屋は「マン汁の館」であり甘い蜜の匂いに吸い寄せられるように蜂のような毒針を持った彼女の見知らぬ男が彼女の部屋に押し入ったとしてもおかしくはなかった。おかしくはなかったが彼女は毒針によって殺されたのではなかった!しかし毒針が比喩ならば、彼女は毒針によって殺された、と言ってもよかった。彼女は毒針のようなナイフによって殺されたからだ。しかしやはり毒針とナイフは違う、と池永は思うのだった。ナイフを体の一部のようにしている者のナイフは毒針のようだし、毒針もナイフも刺す機能を備えているが、やはり違う!しかし比喩などどうだっていい、と池永は思った。そんなのは鼻くそだ!いや、鼻くそなんかではない、と池永はすぐさま否定した。比喩は比喩だ。

「セックス日記」は虚構でありしかも彼女の実生活をネタにした虚構であるがゆえにそれはより危険であり捜査の妨げになると脇にどけようとする池永もいたが池永は違った。池永は「セックス日記」に乗ったのだった。しかし何も出てこなかった、と言ってもよかった。そこから取り出されたものは彼女の人間関係の虚構化されたほんの一部分でしかなかった。日記の中の登場人物は彼女を含めたったの22人だった。モデルとなったのは仕事関係の男6人、元カレ3人、少女漫画の美少年4人、友達の彼氏、JR名古屋駅の駅員、若いバスの運転手、便利屋さん、芸能人3人、溝口容子、だった。それはあくまでモデルであり少女漫画の美少年は新入社員として彼女の勤める会社に入ってくるし、元カレは彼女をナンパしホテルに連れ込み、彼女が逆ナンする「危険な男」は若いバスの運転手であり、「カッコイイストーカー」に扮するのはJR名古屋駅の駅員であり、仕事関係の男と彼女はカラオケボックスでの偶然の出会いから関係を深め、溝口容子の彼氏と寝た彼女は溝口容子にレズプレイを強要される、彼女の引っ越しの手伝いをした便利屋さんは便利屋さんとして登場し彼女の下の処理をする、そんな具合だった。

虚構から事実を見つけ出すのは至難の技だったが忘れてはならないのは池永が「粘着テープ」と呼ばれるほど粘り強い男だということである。池永は彼女の「マン汁」のついた少女漫画を読みあさったし、タレント名鑑を隅々までチェックしたし、便利屋にしらみつぶしに電話をかけたし、彼女の携帯電話のメモリーから仕事のスケジュール帳まで調べ、彼女の友人たちに話を聞いて回り、少女漫画愛好会の飲み会にも参加した。それによって22人いる登場人物のモデルの大半の正体は判明したが、最後にふたり「危険な男」と「カッコイイストーカー」が残った。ここまで調べた池永はそのふたりにだけモデルがいないとは考えられなかった。池永は朋美の行動範囲を徹底的に洗った。「首に赤いアザ」があり「眉毛が太く喉仏が突き出」した「25才前後と思われる男」が「危険な男」であり「目の下にホクロ」があり「スラッとした長身」の「異様なほど黒い目」を持った「25才前後と思われる男」が「カッコイイストーカー」だった。池永はそれがJR名古屋駅の駅員と若いバスの運転手だということをつきとめた。JR名古屋駅の駅員は彼女の写真を見せると
「見たことがあるようなないような」
と言い若いバスの運転手は
「知ってるような知らないような」
と言った。池永は虚構の人物と夢の中で話しているような気がした、とその時のことを直美に話した。直美は池永がどうしようもなく発狂していることを知っていた。直美は発狂した池永をただ指をくわえて見ているわけにはいかなかった。もちろん池永に対しては何をやっても無駄だと分かっていたが池永が「迷宮入り」しているのは「デブ女」殺害事件が解決されていないからで解決されさえすれば池永を救い出せると直美は思った。しかし「デブ女」殺害事件が解決されても池永は発狂したままだった。池永には何もかも理解不能だったのだ。10月8日X∞の日池永は自殺した。何もかも理解不能だった池永が自殺などできただろうか(他殺ではないか?)とささやかれたが形としては自殺だった。

デ・ジャ・ブ 1

(4300字)

室町幕府にとって俺は存在しない。一人で突っ立っていると妙なことを考える、と砂袋吉樹は思った。フロントにはメモ用紙があった。306号室の客は女を連れて戻り、女は砂袋の目を見た。砂袋も見返したが何も起こらなかった。起こったとも言える。吉樹は女が吉樹を誘惑しベットになだれ込み燃えあがる光景に支配されたのだ。メモ用紙にいたずらにペンを走らせるといつも女性器が現れた。不思議だった。丸を描いて丸の中に縦に一本線を入れると女性器になる。楕円の中に小さな楕円を描くとやはり女性器になる。否。丸だけでよかった。縦に一本線を入れることも、もうひとつ丸を入れることもなかった。男のチンポは股間とくっついていて金玉とも切り離せないし、どうしても「根元」の問題に突き当たるが女性器は丸なのだ。「明日の朝、電話するとしたら、キタキツネ」吉樹はそう書いて、その文の意味の解読に努めた。その結果「明日の朝、電話する」が重要有意味で「としたら、キタキツネ」は蛇足であると判断した。ホテル・マーセラの電飾の美しさはネオン管を用いず電球のみで構成されていることに尽きる。絵画でいう点描画の手法だ。そんなことを平気な顔して語る男は服を着たまま窓ぎわに突っ立ち、窓の外を見ていたが外というより窓に映った顔、窓に映った室内を見ているのだった。裕紀は窓に映る男の顔を室内のベットから見ていた。306号室の客に内線で呼ばれ砂袋は控室で休憩している澤田に連絡し澤田にフロントを任せエレベータで三階にあがった。男は裕紀にフロントに電話するように言い、フロントの男を呼べと命じ裕紀はそれに従った。裕紀はよく人から不思議だと言われたし自分でも自分が不思議だった。ホテルマンのズボンを脱がせフェラチオした。服を脱ぐ気配のない男を見ているとそんな事の成り行きを想像してバルトリン腺液が腟を濡らすのが分かった。NBGというのは「人間をビニールシートで包みガムテープでぐるぐる巻きにしたもの」だ。男はそう説明した。砂袋は男はNBGになりたがっていると直観した。男はポケットに両手を突っ込んで窓ぎわに突っ立ったままフロントの男のことを考えていた。そんな上手く事が運ぶとは村瀬には思えなかった。単なる空想と村瀬は結論付けたがだからといって簡単に放棄できなかった。村瀬は女に謎をかけるように精液を口に入れて持って来いと命じた。ホテルのロビーはシンメトリーではなかった。狭くて縦に細長く片側にテーブルと椅子が並んでいる。フロントから玄関の自動扉に向って左側にエレベータがあった。手前が2号機で奥が1号機。

週刊誌を主な活動の場とするフリーライターの横溝達夫は取材ノートにロビーの見取図をささっと描いた。澤田が下番するのを待っているのである。林道に放置された車内から三人の遺体が発見された。身元はすぐに割れた。運転席に村瀬正男(48)、後部座席運転席後方に滝沢裕紀(19)、助手席後方に砂袋吉樹(23)。砂袋吉樹はホテル・マーセラの従業員だった。横溝は眠気に襲われ瞼の上から両目の端をぐっと押さえた。エレベータが稼動する音が聴こえて砂袋はメモ用紙から目をあげた。奥の1号機から女が出てきた。女は自動扉の方に目をやり自動扉のガラスの表面で砂袋と目が合った。女は向きを変えフロントに近付いた。砂袋の前で立ち止まると「トイレ、どこですか?」と聞いた。ホテルマンは裕紀の質問の意味が分からず女を見た。トイレなら室内にあるはずだが室内のトイレが壊れて使えないのか?フロントの奥に従業員用のトイレがあるがそこを案内していいか?女は室内にトイレがあることをど忘れしているのか?室内のどこにトイレがあるのか、と聞いているのか?もう帰るのか?ただ何でもいいから喋りたいのか?「トイレ、ですか?」と吉樹は聞き返した。「はい。トイレ」と女は平気な顔をして答える。「トイレは」と吉樹は言った。「ありますよ」306号室の客は「明日の朝、電話しろ」と言って砂袋に携帯電話の番号を渡してホテルを後にした。裕紀はトイレなどどうでもよくなり「卵、ありますか?」と聞いた。「卵?」と吉樹は聞き返した。「はい。卵」と女は言う。卵なら厨房にあるが料理人はもう帰った後だしまだ来ていない。厨房から取るのは面倒だし第一フロントを無人にしたくない。控室の澤田を呼ぶのも面倒だ。近くにコンビニがあるからそこに行けば手に入るかも知れない。砂袋はそう考えたが女の質問の意味はここでも了解しかねた。新規の宿泊客が入って来て砂袋はそっちに気を取られた。手続きを済ませると重信は802号室の鍵を渡された。宿泊申込書には偽名と偽の住所を記入した。裕紀はフロントの内側に入り込みホテルマンのズボンを脱がせフェラチオした。砂袋の精液は裕紀の口に含まれたまま306号室に運び込まれた。男は扉の開閉音とそれから窓に写った室内の光景とで女が戻ったことを知った。

砂袋吉樹は篠田登の存在を意識している節があった。事件を取材する横溝は事件に服従するしかなく、砂袋はそのことを知っているかのようだとシナリオライターの篠田は思った。ファミリーレストランで村瀬は裕紀に吉樹をフェラチオするように命じ、吉樹に裕紀にフェラチオされるように命じ、二人に同時に席を外させた。己の謎の死を謎の死にするためには謎を解くキーを握る者を生かしておくわけにはいかない。村瀬は裕紀と吉樹のドリンクに睡眠薬を混入した。二人はトイレから戻り吉樹はドリンクに手をつけたがすぐに「まじ」と言って吐き出した。裕紀に「まずいから飲むな」と命令した。二人は睡眠薬の効果で車に乗り込むと早々に眠り込み村瀬は林道に車を止める。ホースで排気ガスを車内に誘導し三人は排ガス自殺死体となった。篠田登は自身のシナリオを砂袋の「まじ」によって破壊されたのだった。村瀬はそこで気付いた。初心を思い出した、と言うべきか。自分が望んでいるのは単なる「謎の死」ではなく「強烈で、スキャンダラスで、屈辱的な死」であることを。だいたい三人きれいに車内で排ガス自殺死体になるというのは「謎の死」どころか単なる「集団自殺」だ。篠田登は村瀬はそう考えると考えてロビーの見取図を描いたノートを閉じると部屋で有料のエロ番組を見ようとエレベータで6階にあがり606号室に入った。802号室の吉岡美穂(本名・重信政子)はチェックインの時に見たホテルマンと若い女の様子に妄想をかきたてられていてもたってもいられなくなり部屋を出た。政子は部屋の錠が開かないとフロントの男に苦情申し立てた。砂袋は内線で澤田を呼び澤田にフロントを任せ政子とエレベータで8階にあがった。政子の荷物は部屋の中にあり廊下に出ていなかったが砂袋は怪訝がらず政子から受け取った鍵で難なく開錠した。政子は「そこじゃなくて、トランクの錠が開かなくて」と言って砂袋を部屋の中に誘導しホテルマンのズボンを脱がせフェラチオした。砂袋がぜんぜん戻って来ないので澤田はそんな光景を思い浮かべ勃起した。フロントのメモ用紙には複数のマンコが描かれその下にへたくそな字で「明日の朝、電話するとしたら、キタキツネ」とあった。澤田はそう書かれたメモ用紙を丸めて足下のゴミ箱に捨てた。

野草研究家兼使用済コンドームコレクターの秋吉里子が事件の第一発見者となった。秋吉は肉がたるんだ楕円の中に楕円がある「常時開放型」のマンコの持ち主で朝早く起きて野草を摘むのと使用済コンドームを収集するのが(一カ所に6個がこれまてまの最高記録)日課だったが死体を発見するのは初体験だった。その死体はお尻丸出しでうつぶせに倒れ肛門にいちじるしい損傷が認められ血が肛門を中心に尻全体に付着していた。傍らに陰毛の多数貼り付いた長さ20センチほどのガムテープと肛門をほじくるのに使用されたと思われる木の枝が数本、男が着用していたと思われる下着とズボンが放置されていた。週刊誌を主な活動の場とするフリーライターの横溝達夫は秋吉里子を取材した際に録音したテープを聴きながら車を走らせていた。殺害されたのは村瀬正男(48)だった。検視の結果死因は肛門とは関係がなかった。肛門をほじくられたのは抵抗の痕跡の欠如から死後だった。自身の「強烈で、スキャンダラスで、屈辱的」な死体を思い浮かべて村瀬が不気味に微笑するのを窓ぎわに窓を向いて立たされた裕紀は見た。村瀬は口の中の精液を卓上の灰皿に吐けと命令し、裕紀が吐くとこっちに来いと命令し窓ぎわに窓を向いて立たせ村瀬は室内中央の椅子に座った。煙草に火を点け吸い、煙を吐く。灰をホテルマンの精液の入った灰皿に落とす。裕紀は窓に映る室内の光景を見ていた。村瀬を殺害した砂袋吉樹は村瀬が殺害の報酬に用意しコインロッカーに入れておいた一千万円入りのボストンバッグを手に入れるには村瀬の肛門に入れられたコインロッカーの鍵を取り出さなければならずそれで村瀬の肛門をほじくった。裕紀は一部始終を砂袋の傍らで見ていた。吉樹は村瀬殺害を、裕紀はその一部始終を見ていることを、依頼されたのである。銀行の防犯カメラに映らないよう裕紀と吉樹は車内で待っていた。事件はその猟奇性から猟奇殺人とも快楽殺人とも言われたがその見方は徐々に変化していった。名古屋駅構内を三人は互いに素知らぬふりをして歩いた。吉樹と裕紀は現金の入ったボストンバッグを村瀬がコインロッカーに仕舞うのを見た。駅のトイレで村瀬が最後の脱糞を済ませるとホームセンターに車を走らせた。裕紀と吉樹はホームセンターでガムテープとゴム手袋を買った。駐車場に止めた車の中で村瀬はズボンを下ろし裕紀と吉樹の前に肛門を向けた。裕紀にコインロッカーの鍵を渡し裕紀は受け取ったコインロッカーの鍵を村瀬の肛門にねじ込んだ。肛門が呑み込んだ鍵を吐き出さないようガムテープを千切って村瀬の股間に貼りつけた。村瀬は車を走らせ道は林道になった。立ち小便するために村瀬は車を止めた。それが合図だったかのように「俺も」と吉樹も下りた。吉樹は手ごろな石塊を手に取りそれで村瀬を背後から襲った。後頭部を直撃するはずだった石塊は村瀬が振り向いたことで額を打ち砕いた。失禁するとともに死亡した村瀬がズボンと下着を脱がされ肛門をほじくられたのはその後だった。鍵は奥の方まで入り込んでいたため肛門はいちじるしい損傷をこうむることとなった。鍵を手に入れた吉樹と裕紀は村瀬の車で逃走した。車は遺体発見現場から5キロの車道に乗り捨てられていた。車内から村瀬の血とうんこの付いたゴム手袋が発見された。

デ・ジャ・ブ 2

(4200字)

中文社刊「迷宮・未解決事件ファイル」(中文社取材班著)ファイル3「肛門をほじくられた会社役員イン名古屋」を読んだ篠田登は事件の顛末をそう推論したが車内に落ちていたレシートからホームセンターが割り出されレジに設置された防犯カメラの映像から吉樹と裕紀は逮捕された。澤田は制服を脱ぎながら砂袋について何を言おうか思案していた。「驚いた」とか「事件後も普通に勤務していた」とかありきたりのことしか思い浮かばなかった。フリーライターの横溝達夫は「明日の朝、電話するとしたら、キタキツネ」という砂袋吉樹がメモ用紙に書きつけたという文句を繰り返しているうちに気持ち悪くなって車を路肩に止めた。ホテルで見た有料エロ番組「卑猥な先生・お尻丸出し」が砂袋吉樹の想像力を刺激した。生花の先生である重信政子は偽名(吉岡美穂)を使ってホテルにチェックインしホテルマンたちに輪姦される。肛門に花を活けられるシーンには驚かされた。茎はズボズボと奥の奥まで入っていった。吉樹は自分の肛門にホテルの鍵を突っ込んでみた。未知なる肛門の力に陶酔した吉樹はその行為に夢中になった。吉樹の肛門は鍵と302号室と書かれたキーホルダーを丸ごと呑み込んだ。鍵とキーホルダーがひとりでに吉樹の腹部を上昇するのに焦りを覚えた吉樹はホテルマンに助けを求めたがホテルマンでは肛門が呑み込んだものを奪還することはできなかった。救急車が要請され、病院に運び込まれた吉樹は尻に注射を打たれた。鍵とキーホルダーは無事救出されたが、吉樹は内臓が損傷しており入院することとなった。担当看護師の裕紀は入院患者の吉樹のパンツを脱がせフェラチオした。吉樹は病院の売店で中文社刊「迷宮・未解決事件ファイル」(中文社取材班著)ファイル3「肛門をほじくられた会社役員イン名古屋」を立ち読みした。砂袋吉樹は会社役員殺害肛門ほじくり事件の犯人が自分であることを確信したが自分でないことも確信した。

ホームセンターの女子トイレは男子禁制だった。トイレでひとりになった裕紀は携帯電話で横溝と連絡をとった。中古タイヤの集積場でNBGになった砂袋は意識を取り戻した。NBGにされたという認識は砂袋史上最悪の認識だった。裕紀は財布を落としたと言い村瀬殺害の妨害になることを危惧し言わなかったがそのことにホームセンターの駐車場を後にした直後に気付いた。ホームセンターを出るまでは財布があったことは確かだからホームセンターの駐車場に落ちているはずだと言い砂袋にホームセンターの駐車場に戻るように言い砂袋は従った。裕紀から連絡を受けた週刊誌を主な活動の場とするフリーライターの横溝達夫は割れた車止め(コンクリートの塊)を持ってホームセンターの駐車場に待機していた。閉店し従業員も帰り灯りの消えたホームセンターは暗闇に包まれていた。車外に出て裕紀が落とした財布を探す砂袋は後頭部をガツンとやられた。NBGになった砂袋は合計5回ガツンとやられたのだったが1回の記憶もなかった。砂袋の死因は不明である。意識不明の砂袋(横溝と裕紀は死んだと決めつけていた)とガムテープとを二人は横溝の車まで運んだ。裕紀の指示により達夫が事前に用意し持って来たビニールシートに砂袋は包まれガムテープでぐるぐる巻きにされた。横溝の車が前を、裕紀が運転する村瀬の車が後ろを走った。横溝が適当なところで車を止め、裕紀も車を止め、横溝の車に裕紀は乗り込んだ。中古タイヤの集積場脇に車を止めNBGになった砂袋を二人で運んだ。中古タイヤをいくつかどけ、穴をつくりその中にNBG=砂袋を放り込み、どけた中古タイヤで蓋をした。NBGにされた吉樹はどこかに放置されていることは分かったがそこが中古タイヤの集積場であることは分からなかった。手にぎゅっと握られたものがコインロッカーの鍵であることを知った砂袋は声に出さずに笑った。ビニールシートが音を立てた。大きな仕事をやり遂げた満足感にひたった裕紀は達夫のズボンを脱がせフェラチオした。放火魔の澤田は中古タイヤの集積場に灯油をまいて火を放った。コインロッカーの鍵が砂袋の手に握られたままだと気付いた裕紀は達夫の運転する車で急いで中古タイヤの集積場に向った。途中で消防車に道をゆずった。黒煙と炎に気付き車を止めることなく集積場脇を通りすぎた。赤ランプの点灯は一週間以上放置されている合図だった。一週間以上放置されたコインロッカーの中身を駅職員が回収し点検したところ回収したボストンバッグの中から一千万円が発見されたニュースは話題になった。篠田登はホテル・マーセラのロビーでそれを伝える新聞記事を読んだ。会社役員殺害肛門ほじくり事件は謎の多い事件だった。「殺害」と「肛門ほじくり」を繋ぐ回路が求められた。一千万円を下ろす銀行の防犯カメラの映像からコインロッカーに放置され発見された一千万円入りのボストンバッグが殺害され肛門をほじくられた村瀬正男のものであることが判明した。

砂袋は生きている。裕紀はそう確信した。コインロッカーの鍵がないからといってみすみす一千万円を諦められるわけがない。鍵の紛失を申し出るなど問題外。紛失者の証言とコインロッカーの中身が一致しないと返還されない。裕紀はボストンバッグの大きさや色、中身を知っていたが、中身が一千万円となっては不審に思われるだろう。帳簿に必要事項の記入も求められる。氏名、年齢、生年月日、住所、電話番号等。身分証の提示も求められる。何か手があるはずだと考え具体的な解決策は何も思い浮かばぬまま一千万円を入れたコインロッカーに行った。しかし取り出された後だった。放火魔の澤田はNBGが男と女によって投棄される一部始終を見ていた。灯油缶の蓋が開かず手こずっているところに車がやって来た。カーセックスか野外露出かとにかくエッチ関連を期待したが出てきたのはNBGだった。車が走り去ると澤田はNBGが投棄されたあたりまでタイヤの山を登った。懐中電灯で照らすと青いビニールシートの一部が見えた。ゴソッと音がした。澤田は「生きているのか?」と声をかけNBGの反応を待った。返事はなかった。澤田は警戒を緩めなかった。バタフライナイフを片手にタイヤをひとつひとつどけ、ぐるぐる巻きにされたガムテープをはがしビニールシートを切った。襲ってきたら刺し殺す。砂袋は救出者に「名古屋駅」とだけ告げコインロッカーの鍵を託し息絶えた。火を放たれ砂袋は焼死体となった。澤田は一千万円を手にしラスベガスに飛んだ。火災現場脇に意識不明のまま転がっていた砂袋は消化活動に駆けつけた消防隊員に発見され救急車で運ばれた。記憶喪失の砂袋は裕紀の訪問を受けた。裕紀は看護師の制服をコスプレショップで調達し砂袋の病室に侵入した。砂袋は放火魔に所持品(財布)を持ち去られたが放火魔に命を救われた。砂袋は火災現場脇に放置されたままほとんど身動きできなかったが地面(土)に手で小さな穴を掘りそこにコインロッカーの鍵を埋めた。裕紀が知りたいのは鍵のありかだったが、砂袋が記憶喪失では話にならなかった。フリーライターの身分を利用して横溝と裕紀は火災跡を訪ね、木の棒で焼け跡をほじくりコインロッカーの鍵を探した。身元不明の焼死体(砂袋吉樹)が発見された火災跡だった。頭に包帯を巻いた刑事に職務質問されフリーライターの横溝達夫だと名乗ると刑事は納得した。頭の包帯のことを聞くと言葉を濁した。刑事の篠田登は自分はここにいるべき人間ではないと思っていた。中古タイヤの集積場の放火犯を追っている場合ではない。会社役員殺害肛門ほじくり事件に関係したかった。篠田は犯人の顔を見たはずだったが犯人の顔だけが記憶からすっぽり抜け落ちていた。病院から逃亡した砂袋は土の中からコインロッカーの鍵を掘り出し一千万円を手にラスベガスに飛んだ。裕紀は吉樹が記憶喪失を装っていたことを知った。一千万円などすぐバラバラになり持ち主の手から離れどこかに行った。砂袋が生きていないとすれば死因は頭部の損傷、NBGにされたことによる窒息、火を放たれ焼死、の三つが考えられた。それでは一千万円入りのボストンバッグは誰の手に渡ったのか?

村瀬を殺害した砂袋がその場で裕紀をも殺害した。常時開放型マンコの秋吉里子が事件の第一発見者となった。肛門をほじくられた男が上(うつ伏せ)になり、下(仰向け)に顔面が目茶苦茶に損傷した女が下半身裸にされ膝を立て足を大きく開いて静止していた。二人は殺害された後に重ねられたのであり野外セックスの最中に殺害されたのではないことは秋吉にはすぐに分かった。頭の方に回り込むと男の顔面もひどい損傷をこうむった状態であることが分かった。殺害に使用したと思われる頭髪と血がこびりついた石塊もすぐ近くにあった。村瀬の携帯電話の着信履歴から砂袋が浮かび砂袋は逮捕された。村瀬は完全犯罪の被害者となるべくそのようなミスは犯さなかった。ホテル・マーセラをチェックアウトする時、口頭でホテルマンの砂袋にファミリーレストランを指定しそこに来るよう命令し砂袋と裕紀を伴った村瀬はそこで落ち合った。村瀬と裕紀はデリバリーヘルスを通じて知り合い、二回目はデリバリーヘルスなしで落ち合い村瀬が偽名と偽の住所で部屋をとったホテル・マーセラに入った。横溝はホームセンターの駐車場で待ちぼうけを食らっていた。「何時になるか分からない」と裕紀から言われていたとはいえ遅すぎた。裕紀の携帯電話に連絡を入れた。殺害した裕紀のパンツを脱がしにかかると暗闇と静寂に携帯電話がブルブル震える音が響いた。携帯電話は事前に村瀬により一時没収され電源をオフにされていてしかるべきだったがそうしなかったのは村瀬のミスだった。砂袋は携帯電話についてしばらく考えた。回収すべきか放っておくべきか。放っておくことにした。横溝は刑事の篠田登から事情聴取された。横溝は裕紀とはセックスフレンドでホームセンターの駐車場に呼び出された。裕紀はカーセックス、野外露出が好きで自分と趣味が合った。待っても連絡はないし来ないので電話を入れたが出なかった。

デ・ジャ・ブ 3

(2300字)

篠田登が会社役員殺害肛門ほじくり事件に執拗にこだわるのには特別な理由があった。篠田は犯人に車で追突されたのであり犯人の顔を見たのであり犯人に殴られ車のキーで頭皮をえぐられたのだった。車のキーか篠田の頭にあと少し鋭角に接触していたのならキーは頭に突き刺さり篠田の死は確実だった。病院で篠田は追突された現場からほど近い地点で会社役員殺害肛門ほじくり事件が発生していたこと、篠田の車に追突した車は殺害された会社役員のものであったこと、乗り捨てられていたその車の中から会社役員の血とうんこが付着したゴム手袋が発見されたこと、を知った。篠田はすぐに仕事復帰したが中古タイヤの集積場の放火事件に回された。裕紀殺害を視野に入れていた吉樹は逃走中の車内で裕紀から財布を落とした、ホームセンターの駐車場に戻ってくれと言われ絶好の機会を得たと車をそっちに向けた。車をホームセンターにほど近い路肩に止め駐車場の隅でコンクリートの塊を持って待機していた横溝は裕紀が殺害されるのを見た。吉樹は車のキーを裕紀の頭に突き刺し、抜くと、突き刺し、抜くと、突き刺し、抜いた。朝一番に出勤したホームセンターの主任が駐車場に滞留した血液と裕紀の死体を見つけた。尻の穴に生け花された自身の姿が映し出されたデジタルカメラの液晶画面を見ている重信政子に「何を考えてる?」と砂袋は聞いた。政子は液晶画面に目をやったまま「あなたには思いもよらないこと」と言った。「変態女」と砂袋はうれしそうに声をつくって言った。「何だと?」と政子も声をつくって砂袋に襲いかかった。ラブホテルのベットが軋んだ。笑い声が響いた。

対決せざるを得なかった。横溝は5メートルほど後方でコンクリートの塊を持って立っており、裕紀を殺害した砂袋が振り返り目が合った。砂袋(車のキー)VS.横溝(コンクリートの塊)。頭を打ち砕かれた砂袋はその場に倒れた。横溝は走って逃げた。自分の車に向って駐車場を駆け抜けホームセンターを回り込み道路に飛び出した。篠田は突然ヘッドライトに人間が飛び出してきて急ブレーキをかけたが遅かった。人間はボンッと吹き飛んだ。横溝は即死だった。刑事の篠田登は会社役員殺害肛門ほじくり事件は殺害された村瀬正男の自作自演ではないかと疑いを抱きはじめていた。林道に車を止めると村瀬は裕紀と吉樹に外に出るよう命令し、裕紀に吉樹をフェラチオするよう、吉樹に裕紀にフェラチオされるよう命令した。裕紀は吉樹のズボンを脱がせフェラチオした。村瀬は隠し持っていたバタフライナイフで吉樹の首をスパッと切った。吉樹の喉から血が噴き出し、吉樹は仰向けに倒れた。髪をつかまれ喉を天に向けられた裕紀の首を村瀬のバタフライナイフが横切った。裕紀の喉から血が噴き出した。村瀬は二人の血が抜けるのを待ち足首にからまった吉樹のズボンとパンツを完全に脱がすと仰向けに寝かせ直し、裕紀の下半身も裸にするとうつ伏せに吉樹の上に重ねた。警察署に匿名で投稿されたビデオテープには犯行の一部始終が記録されていた。澤田は林道脇の原っぱに野外セックスの盗撮目的で隠れていた。夜間の赤外線撮影のため映像は鮮明ではなかったが村瀬が逮捕された。車が走り去るとビデオカメラを止め、たった今殺害された二遺体に近付いた。女を男から引き離すとズボンを脱ぎ屍姦した。澤田は裕紀の中で射精した。女を元の位置に戻して退散した。ビデオテープに村瀬が裕紀を屍姦する場面はなかった。首を切られた男女が重ねられるところでブツッと切れていた。村瀬は屍姦の事実を認めた。コインロッカーの一千万円は村瀬にもどこに行ったのか分からなかった。

砂袋は「コインロッカーに金など入れるな」と言った。車の後をつけるバイクがあった。銀行から村瀬が大金を下ろすのを見ていた。強奪するチャンスをうかがっていた。一千万円はコインロッカーに仕舞われた。尾行者はピッキングができる仲間を呼び一千万円入りのボストンバッグを難なく盗み出した。「ではどうしたらいいのか?」と村瀬は聞いた。砂袋は薬局で手頃なサイズの瓶を手に入れ、中身を出し、瓶の中に村瀬を殺したのは裕紀と吉樹だと書いた紙を入れ蓋をして、それを村瀬の肛門から入れる、という案を出した。ボストンバッグは車のトランクに入れておく。それは駄目だと村瀬は言った。村瀬は村瀬がボストンバッグを裕紀と吉樹の知らない場所に隠し、ボストンバッグの在り処を記した紙を瓶に入れ蓋をして村瀬の肛門から入れる、という案を出したが、その案は村瀬自身と吉樹双方に反対された。村瀬が車のキーをポケットに入れるのを吉樹は見た。下ろした金を入れたボストンバッグを抱えて戻ってくるのを見た。人はたくさんいた。吉樹はポケットからバタフライナイフを取り出すと車外に出て村瀬に接近し村瀬を刺した。ボストンバッグと車のキーを奪い車に戻ると裕紀と逃走した。村瀬は自宅で自殺した。首吊り自殺。遺書らしきものがあった。「賢者よ、死者の肛門をほじくれ」村瀬の肛門にはコインロッカーの鍵が突っ込まれていた。コインロッカーの中から一千万円入りのボストンバッグが見つかった。ホテル・マーセラの306号室で裕紀は男が首吊り自殺するのを見た。報酬は一千万円だった。男は息絶えるとともに握りしめていた一千万円入りのボストンバッグを床に落とした。裕紀はそれを手にホテル・マーセラを後にした。電飾の美しさには目もくれず。